こだいらぽんたの「基礎学力」勉強日記

基礎学力(高卒程度)を身につけたい。読書も旅もしたい。フットボールも見たい。

まさかのオウンゴールで敗北。どうなる、FC東京!?

◎9月15日(土)雨。肌寒い。

この一週間、なかなか勉強する時間が取れなかった。9月30日までに『詳説世界史研究』『詳説日本史研究』を読了するのは無理かもしれない。とはいえど、何が何でも最後まで読み切りたい。幸い、内容が面白いので苦痛に感じることはない。このシリーズはエピソード満載で読みごたえがある。

 

今日、DAZNベガルタ仙台vsFC東京の試合を見る。まさかのオウンゴールで敗北。(1-0)。吹田スタジアムで生観戦したときはアディショナルタイムガンバ大阪に決められてしまった。あれから全然勝てていない。夏場の疲れが出てきたせいか、べた引きの相手を崩すアイデアが出てこない。いい選手はたくさんいるのに。これからどうなる、東京!?

 

*勉強日記

<世界史>

『詳説世界史研究』第10章「近代ヨーロッパ・アメリカ世界の成立」を終わらせ、第11章「欧米における近代国民国家の発展」に入る。(P307-327)

フランス革命はすさまじい。社会制度だけではなく、人間そのものも新しく作り替えようとした。キリスト教はやめて、これからは「理性」を崇拝しよう!7日からなる「週」は廃止して、新しい暦を作ろう!地方言語は撲滅しよう!

革命は「文化大革命」とセットだ。しかし、「人間」の力で「人間」を作り替えることは無理ではなかろうか。極端から極端に振り子の針が振れる世の中は生きた心地がしないだろう。

その後、フランスを救ったナポレオンは天才だということを改めて確認する。戦争が強いだけの人かと思いきや、政治の世界でも頑張った。ナポレオンの生涯を描いた小説があれば読んでみたい。

 

<日本史>

『詳説日本史研究』第6章「幕藩体制の確立」の途中まで。(P237-260)

織豊政権を経て、江戸幕府幕藩体制が成立するまでを読む。江戸幕府になっても天皇は相変わらずかわいそうな存在だ。

二代目将軍徳川秀忠の治世に、後水尾天皇は譲位をしたいと幕府に訴える。数年前から体に腫れ物ができてお灸をしたいのだが、天皇在位中にお灸の治療はできない。(!?)だから譲位したいのだという。お灸の治療もできないなんて、あまりにも不憫だ。

ところが譲位した後、誰が天皇になるのか。女一宮興子(おきこ)が即位することになるのだが、まだ彼女は6歳。秀忠は「女性天皇でもかまわないけど、さすがに6歳はちょっと・・・」と、譲位に難色を示す。

この時代は女性が天皇でも構わなかったのだ。(この後あれこれ騒動があって、結局、女性天皇が誕生することになる。)いつから女性天皇はダメになったのか?

外国人との交易の話も面白い。東京・八重洲の地名がヤン・ヨーステンから来ていたとは知らなかった。

隠れキリシタンをあぶりだすために踏み絵が実施されたというが、踏み絵なんか踏めばいいじゃないか、と思う。踏もうが踏むまいが、信仰には関係ないのではなかろうか。

 

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「AI(人工知能)の不得意分野は読解力である」

◎9月8日(土)晴れ。風が強い。

AI(人工知能)によって、多くの職が奪われるという。特に事務系の仕事はマニュアル化しやすいものが多いため、AIによって代替されやすい。オックスフォード大学によれば、20年後には銀行の窓口や融資担当者がいなくなる。保険業者もいなくなる。図書館司書の補助員もいなくなる、らしい。人間は働き口を失ってしまうのだろうか。

ところが、そうは言い切れない。なぜなら、AIにはできない作業があるからだ。

ここに人間の付け入る隙がある。

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新井紀子著『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』(東洋経済新報社

 

著者は「東ロボくん」という名の人工知能を開発し、AIが東大に合格できるかどうかチャレンジした数学者だ。「東ロボくん」は偏差値をぐんぐんあげ、けっこう頑張った。しかし、東大合格は無理だった。そして「ロボットは東大に入れるか」プロジェクトも断念されることとなった。

なぜか。

AIには読解力がないからだ。

この例が面白かった。Siriに「この近くのおいしいイタリア料理の店は」と聞けば、すぐに「おいしい」イタリア料理店を検索してくれる。だが、「この近くのまずいイタリア料理の店は」と聞いても、似たような店を検索する。AIには「おいしい」と「まずい」の意味の区別がつかないのだという。

AIはコンピューターであり、コンピューターは計算機であり、計算機は計算しかできない。onかoffか、つまり0か1だけの世界に還元できることしかAIは理解できないのだ。だからAIは、論理、統計、確率は得意でも、読解は全くダメだ。人間がAIに勝つには、AIの不得意部分、つまり読解力を鍛えるしかない。

ところが、本書の後半では「全国読解力調査」の悲惨な現状が明かされる。調査対象は小6から高3まで。出てくるのは簡単な文章ばかりで、「えっ、これって正解率100%じゃないの?」と驚かされる。文章の意味がわからないのか、問題文が読めないのか、答え方がわからなかったのか、その辺はよくわからない。

読解力は誰にでも必要だと思うが、「AIに仕事を乗っ取られないために鍛えておかなければならない能力」として考えたことはなかった。いろいろ興味深かった。

 

*勉強日記

<世界史>

『詳説世界史研究』第9章「近世ヨーロッパ世界の展開」を終わらせる。第10章「近代ヨーロッパ・アメリカ世界の成立」の途中まで。(P283-307)

ついに万有引力ニュートンが登場。ニュートンは科学者であると同時に、政治家でもあった。造幣局に勤めていたとき、通貨偽造の摘発に才能を発揮したという話が面白い。

近世ヨーロッパのコーヒーハウスやカフェは、教養ある市民層が集まり、文芸活動やジャーナリズムなどについてさまざまな議論を戦わせた。みんな、どんなに興奮して語り合っただろう。少しあこがれる。

そして時代は、イギリス産業革命に入る。当時の労働者の生活は悲惨だった。

 

<日本史>

『詳説日本史研究』第5章「武家社会の成長」を終わらせ、第3部「近世」に入る。第6章「幕藩体制の確立」の途中まで。(P214-237)

今回、豊臣秀吉による朝鮮侵略がいかにとんでもないできごとだったか、詳しく知ることができた。日本軍の戦局は不利になり、小西行長らが秀吉に明との講和を勧める。このときの秀吉の要求がこれだ。

1.明の降伏(明の皇女と天皇の結婚)

2.勘合貿易の再開

3.朝鮮南部の割譲

4.朝鮮王子の人質の要求

・・・気は確かか?

小西行長も明側の将軍も唖然としたらしく、秀吉のトンデモ要求は、両者の手で握りつぶされてしまったという。

秀吉は戦功の証として首のかわりに鼻を持ち帰らせたため、兵士ばかりでなく民間の人にも鼻切りが行われ、戦後の朝鮮には鼻のない人が巷にあふれた。

日本軍も悲惨だった。十分な防寒着も食料もないまま朝鮮半島に入った日本軍は、凍傷と飢餓に苦しめられた。最も熾烈を極めた「蔚山(うるさん)城籠城戦」というできごとがあったことも、今回初めて知った。文禄の役慶長の役は地獄絵の何物でもない。

 

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「相手の納得できない主張に反論するには?」

◎9月1日(土)晴れのち曇りのち雨。蒸し暑い。

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野矢茂樹著『大人のための国語ゼミ』(山川出版社

相手が自信満々に何ごとかを主張している。何か違和感を感じるのだが、相手の勢いに気おされて、うまく反論できない。そんなときはどうしたらいいのだろうか。モヤモヤを感じている人は、この本がおすすめだ。

まずは、相手が何を言っているのか理解することが先決だ。どういった根拠にもとづいて何を主張しているのか。主張と根拠を箇条書きにすると、冷静に分析できる。そして、論証に不備があれば「その根拠づけは適切ではない」と指摘すればいいのだ。本書には、論証を批判するための練習問題がたくさん載っている。たとえば、

(根拠)「歩きスマホは法律で禁止されていない」→(主張)「いつでもどこでも歩きスマホをしてよい」

この論証をおかしなところを指摘せよ、といった問題だ。

 

この本を読んで、自分でも問題を作ってみた。新聞やテレビや身近なネタでモヤモヤしていることがあれば、いくらでも作れる。例えば医学部入試の女子一律減点問題だ。

「医師の仕事は、女性には体力的にキツい。それに女性は、出産や子育てですぐに職場を離れる。だから女性は医師に向いていない」

この論証は正しいだろうか。うまく反論できるとスカッとする。

 

 ところが、野矢先生は、相手を言い負かしてスカッとした!というだけではダメだという。論証批判のトレーニングは、何より自分の主張の根拠を見直す練習にしなければならない。自分の主張には、どのような反論がありうるだろうか?と常に考えることが大切なのだという。なかなかできることではないが、肝に銘じておこう。

 

*勉強日記

<世界史>

『詳説世界史研究』第8章「近世ヨーロッパ世界の形成」を終わらせ、第9章「近世ヨーロッパ世界の展開」の途中までやる。(P261-283)

イギリス革命。王様をオランダから連れてきたり、ドイツから連れてきたりというのはなんだか不思議な気がする。王家とどこかで血がつながっていれば、イギリス人でなくても、英語が話せなくても構わないらしい。

1648年のウェストファリア条約が出てくると、世界史もいよいよ「現代」に近づきつつあるなという感じがする。

 

<日本史>

『詳説日本史研究』第5章「武家社会の成長」の途中まで。(P193-231)

「吉田家の神社支配」のコラムによれば、「吉田家による神社支配は江戸幕府によって公認され、神職につくものは吉田家から『神道裁許状』を受けることが義務づけられるようになった」(P208)とのことだが、吉田家と天皇の関係はどうなっていたのだろうか。神主の大元締めというか、神主のトップは天皇だと思うのだが。

応仁の乱以降は、読み・書き・計算の能力が武士だけでなく、商人や農民にも必要とされ(商売や村の運営上から)、庶民にも文字の世界が一気に広まった。文字が読めるか読めないかで、世界は180度変わる。

 

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9月30日までに全部読もう。そうしよう。

◎8月27日(月)晴れ。暑い。暑すぎる。

詳しくは書かないが、毎日あれやこれやと忙しくて、落ち着いて勉強する時間が作れなかった。「『詳説世界史研究』『詳説日本史研究』を8月31日までに読破」と威勢のいいことを書いたのは7月21日。8月31日までというのは無理っぽいが、9月30日までなら読めるのではないだろうか。楽しいので、なんとか全部読み切りたい。

 

『詳説世界史研究』『詳説日本史研究』は家の机に向かわないと読めないが、他の本なら電車の中で何冊か読んだ。そのうちの、すぐに読める一冊。

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郡山史郎著『定年前後の「やってはいけない」ー人生100年時代の生き方、働き方ー』(青春出版社

なによりも新鮮だったのが、「定年後の生活には1億円必要」という言葉におびえてはいけないという著者の考え方だ。「老後は働かない」という発想は捨て、働けるうちは80になっても90になっても働くべし。家計の柱は労働収入とし、年金はあくまで補助的に考える。貯金は病気やケガになったときの非常時の資金だ。こう、すっきり書かれると「なるほど」と頷いてしまう。長生きすることに言い知れぬ不安を抱えている人は多い。それなら、働けるかぎり働いて収入を得ればいいのだ。社会との接点を持つことは大切だ。

しかし、高収入を目指すのは現実的ではないと筆者は指摘する。前職の稼ぎが良かった人は、高収入を目指すあまり、仕事にありつけないことが多い。「定年前は1000万円だった。定年後は900万の仕事でいい」というのは、本人は妥協したつもりでも、実は妥協でもなんでもないのだという。定年後の再就職は、せいぜい200万円くらいの稼ぎにしかならないのが現実だ。現実を受け入れることができる人こそが、再就職を成功させ、ずっと働くことができる人だという。

掃除だって、交通指導だって、1日2時間のバイトだっていい。どんな仕事だって、人の役にたっているという言葉は、勇気を与えてくれる。

 

*勉強日記

<世界史>

『詳説世界史研究』第7章「アジア諸地域の繁栄」を終わらせ、第8章「近世ヨーロッパ世界の形成」に入る。(P241-261)

「アジア諸地域の繁栄」は、じっくり読んでみると結構面白かった。シェイフ=ロトゥフォッラー=モスクの美しさに驚いたり、シク教徒がカースト制度を否定していることに「インド人がみんな、カースト制度を肯定しているわけじゃないんだな」と思ったり。

近世ヨーロッパの章になると、文学作品でもお馴染みの名前が続出する。『デカメロン』『ガルガンチュアとパンタグリュエルの物語』『ドン・キホーテ』『ハムレット』。これらはすべて読んだ。最高の面白さだ。

 

<日本史>

『詳説日本史研究』第5章「武家社会の成長」に入る。(P173-193)

室町時代に入る。第6代将軍足利義教の恐怖政治がすさまじい。義教の怒りに触れた者は、処罰の対象となる。あちこちにスパイを張り巡らせて監視しているのも不気味だ。

今回、地侍(じざむらい)の定義がはっきりしたのは収穫だ。年貢を領主に収める農民でありながら、守護大名などと主従関係を結んで侍の身分を獲得したのが地侍だ。「侍」といっても、みんながみんな村から出て行ったわけではなく、土地に残って農民を指導し、庄屋になった者もいるらしい。地侍=農民だとは思わなかった。

「寧波の乱」のあらましもわかった。正式な勘合を持っている大内氏と、無効となっている勘合しか持っていないくせに明の役人を賄賂でなんとかしようとする細川氏との争い。細川氏の方が悪い。

 

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日本100名城めぐり。兵庫・大阪の旅。

4泊5日で兵庫・大阪旅行に夫と行ってきた。日本100名城スタンプ集めを数年前からしているが、今回の旅で合計56個達成。やった!完全制覇まであと44個だ。

それにしても暑かった。移動はレンタカーを使ったものの、城の中や城下町を歩き回っているうち、すぐにTシャツがびしょびしょに。しかし、その後入る温泉が最高なのだ。ホテルは素泊まりなので、食事は地元のスーパーに買い出しに行ったりもした。これが楽しいのだ。

レンタカーの中では、ずっと高校野球の実況を聞いていた。(NHKではなく、地元の民放の放送を聞いていた。)点差が開き過ぎてなかなか終わらない試合では、アナウンサーと解説者が、負けているチームのいいところを見つけて一生懸命ほめていた。

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明石城

城を見学したあと淡路島に渡り、北淡震災記念公園に向かう。阪神淡路大震災は改めてすさまじい地震だったと実感する。

翌日は高田屋嘉兵衛のことがわかる歴史文化資料館(菜の花ホール)へ。ここに行きたくて淡路島に行ったのだが、その甲斐があった。高田屋嘉兵衛、すばらしい。

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姫路城。世界文化遺産播州皿屋敷のお菊さんの井戸もあった。曇り空だが、湿気があり過ぎてかなり暑かった。ペットボトルの消費量が半端ない。

 

パナソニックスタジアムで、ガンバ大阪vsFC東京の試合も見てきた。すばらしいサッカー専用スタジアムだ。金曜日に関わらず、お客さんがよく入っていた。

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残念ながらFC東京は2-1で敗戦。後半に追いついて1-1になり、前がかりになったところをカウンターでやられた。しかもアディショナルタイムで劇的にやられた。ぐぬぬ

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大阪城。企画展「乱世を食う~”食”からひもとく戦国史~」が最高に面白かった。戦国時代の人々が何を食べていたか、当時の書状や絵巻物などから読み解く。戦になると、ここぞとばかりに兵士たちにモノを売りにくる、農家の人たちの話も面白い。食べ物を売って、小銭を稼いでいたんだろうなあ。

 

写真がないが、赤穂城赤穂浪士)、竹田城(天空の城)、篠山城(もうすぐ始まる「でかんしょ祭り」で盛り上がっていた)、千早城(登山道入口にある食堂の「しいたけうどん」がウマい!)もそれぞれ良かった。今までめぐった城の中には「がっかり城」もないわけではないが、関西の城はどこも大満足だった。さすが。

 

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内モンゴルと外モンゴルはどうやって生まれたか。

『詳説世界史研究』『詳説日本史研究』を読むときは、まずノートに目標を書く。一回の分量は最低20ページを目標にしている。1つの小見出しの内容をていねいに読み、『書き込み教科書』で該当部分の穴埋め問題をやる。(気づいたことがあれば、簡単なメモは取る。「××すごい!」とか、その程度。)この繰り返しで、20ページくらいならなんとか読むことができる。

ただし、来週以降あれこれと用事が入っているので、まとまった時間が取りにくい。ここは踏ん張りどころかもしれない。

明日は味スタにサッカーを観に行く。かなり暑いけど、こればかりはやめられない。

 

◎8月4日(土)晴れ。猛烈に暑い。

*勉強日記

<世界史>

『詳説世界史研究』は第Ⅲ部に入った。第7章「アジア諸地域の繁栄」の途中まで。(P219-241)

「最初の1行目から最後まで、読み飛ばすことなく読み切る」ことを目標にしていなかったら恐らく読み飛ばしていた第Ⅲ章の扉(P219-220)だが、読み飛ばさなくて良かった。今まであいまいだった「近世」と「近代」の違いが、かなりわかりやすく解説されている。これを読んで、ちょっと賢くなった気がする。

内モンゴル外モンゴルについて、興味深い発見もあった。現在、中国には内モンゴル自治区がある。自治区の北側に位置するのは、ウランバートルを首都とする独立国のモンゴル国だ。これが不思議だった。外モンゴル内モンゴルはどうやって生まれたのだろうか。「モンゴル」という名前がついているのに、内モンゴルはなぜ漢民族が多いのだろうか。ネットで調べても納得いく答えが見つからない。ずっと思い悩んでいたのだが、もしかするとこれか?という記述にぶつかった。

1530年代。モンゴルのアルタンが勢力をのばし、しばしば明に侵入して物資の略奪をするようになる。しかしその一方で、軍需物資の徴発に苦しむ農民、邪教として弾圧を受けていた白蓮教徒、待遇に不満を持つ軍人・兵士など、自らすすんで長城を超え、アルタンの支配下に投ずる漢人が増加していた。彼らは土地を開墾して漢人居住区を作ったという。しかも彼らはアルタンの命令で、現在の内モンゴル自治区の中心地フフホトに「帰化城」まで作っているのだ。これが内モンゴルのはじまりなのだろうか?と、わくわくしながら次の項に進む。

 

<日本史>

『詳説日本史研究』第4章「中世社会の成立」の続きから最後まで。(P145-172)

男衾三郎絵巻」は鎌倉時代の武士の生活が具体的にわかる資料だというが、驚くのは「わが家の前を通る乞食や修験者は捕まえて首を斬ってしまえ。斬って斬って斬りまくり、屋敷中に生首が絶えるようなことがあってはなるまいぞ」のような残酷さだ。弱い者を見つけては試し斬りでもしていたのだろうか。理解しがたい感覚だ。テキストのそこかしこに「鎌倉時代の武士には教養がなかった」と書かれているので、「武士=バカな人」というイメージができあがってしまった。しかし、「教養がなかった」とはどういう意味なんだろう。単に詩歌管弦ができなかったという意味なら、どうでもいいような気がする。

蒙古襲来については、知らない話や思い違いが多かった。2回の襲来について、2回とも「神風」が吹いたのかと思ったら、台風が「確実に」来たと言えるのは弘安の役のみらしい。文永の役は、台風が来たかどうかわからないとか。

ほかにも、源頼朝とされてきた人物が足利直義だとか、平重盛とされてきた人物は足利尊氏ではなかろうかとか、日本史はさまざまな新説が登場している。学校で教える先生方も、追いかけるのがさぞかし大変だろう。

 

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「学問を志すのに遅すぎることはない。それよりも時が満ちるのを待とう」長澤信子著『台所から北京が見える』(講談社)

◎8月1日(水)晴れ。暑い。

年を取ってから勉強したくなった人、「若い頃に勉強しておけばよかった」と後悔している人に、超おすすめの本がある。語学を勉強する人にもぜひ読んでもらいたい。

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長澤信子著『台所から北京が見える』(講談社

「語学は早いうちから始めた方がいい」といわれるが、著者の長澤さんは36歳から中国語を始めた。猛勉強の末、難関といわれる中国語通訳ガイド資格試験をクリア。中国語通訳を職業とすることができた。

彼女が「中国語を勉強しよう」と考えたのは25歳の時だ。だが彼女はすぐに勉強を始めなかった。ふたりの子どもが手を離れるまで待とう。上の子どもが中学校に入り、外国語を始めたとき、自分も新しい外国語の勉強を始めよう。長澤さんは時が満ちるのを待った。そしてその時期が到来した時、一気に勉強を始め、わずか4年間で通訳の資格を取ってしまった。

長澤さんは「勉強のための費用は自分で稼ぎたい」という思いから、看護学校に行き、准看護士の資格も取っている。中国語を「ただ話せるだけ」ではいけないと思い、中国語のバックグラウンドが欲しくなり、中国文学部のある大学にも入って勉強した。長澤さんが40代半ばのことだった。

50歳を過ぎた私だからこそ言えるが、これはものすごく勇気がいる。看護学校だって、大学だって、自分よりも年下の学生ばかりだ。自分の娘や息子くらいの年齢の学生と学ぶのは、どこかで気恥ずかしさというか、疎外感を感じる。にもかかわらず、彼女は10代の学生たちと一緒に、大学で体育の授業までやってのけた。(飲み会は、若い子たちのエネルギーに圧倒されて一回しか出なかったようだが。)旅行もクラブ活動も長澤さんには関係ない。彼女にとって大事なのは、学問の体系を学ぶことだった。

長澤さんは卒論に「紅楼夢」を選び、きっちり4年で卒業した。自分を支える教養を身につけることができたのは、通訳や翻訳の仕事をするうえで大きなアドバンテージになっただろう。

「時が満ちるのを焦らずに待つ」ことは大切だ。学問をするのに遅すぎることはない。もし40歳や50歳を過ぎて、それ以上にもっと年を取ってからでも学問をしたくなったのなら、それはその人にとって「時が満ちた」からこそ、やりたくなったのではないだろうか。

私はこの本を何度も読み返した。その度に励まされた。もちろん、語学を習得したい人にもおすすめだ。語学を身につけるための、たくさんのヒントが詰まっている。

 

『詳説日本史研究』を読み進めるうちに、清少納言の『枕草子』が急に懐かしくなり、さらっと再読。以前書いた『枕草子』の読書ノートに加筆・修正して「こだいらぽんたの読書日記」にあげる。

 

19時から、鹿島アントラーズvsFC東京の試合をDAZNで観戦。1-2で鹿島に勝利。先週、味スタで見た長崎戦の敗戦があまりにもふがいない内容だったので、どうなることかと思ったが、勝ててよかった。ほっとした。

 

*勉強日記

<世界史>

『詳説世界史研究』第6章「内陸アジア世界・東アジア世界の展開」(P193-218)を終わらせる。

14世紀の半ばに活躍したイヴン=バットゥータの旅行記を中心に書かれている「東西の交流」(P212-218)の解説は読みごたえがあった。モンゴル帝国が成立すると、帝国のもとで、陸上の遠距離交通の安全が確保されるようになる。「黒海北岸から中国までの道中は昼夜を問わず絶対に安全である」という、同時代のイタリア人商人の証言に興奮した。ユーラシア大陸の横断を「絶対に安全」だと言わせたモンゴル帝国はスゴい。

 

<日本史>

『詳説日本史研究』第2部の「中世」に入る。第4章「中世社会の成立」の途中まで。(P122-145)

鎌倉幕府はいつ成立したか。昔は「いい国(1192)作ろう鎌倉幕府」と教わったが、今は「諸説ありすぎて、わからない」というのが正解らしい。

源実朝の政治への関わりを再評価するべきだという見方もあるらしい。なんといっても、実朝が宋に渡ろうとしていたことには驚いた。船が座礁して果たせなかったとか。文芸が好きで政治はからっきしダメというイメージだったが、いろいろと見方が変わりそうだ。

 

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