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こだいらぽんたの「基礎学力」勉強日記

基礎学力(高卒程度)を身につけたい。読書も旅もしたい。フットボールも見たい。

「イエズス会はブラックな集団だったのか!?」 読書ノート パスカル著『パンセ(下)』+170日目~171日目(化学)

読書ノート 勉強日記 化学

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パスカル著『パンセ(下)』(塩川徹也訳 岩波文庫

 

下巻の注釈にはイエズス会に関することがらが多く登場する。鹿児島に上陸したフランシスコ=ザビエル。上智大学を設立したイエズス会。ところが『パンセ』の下巻では、日本に縁が深いイエズス会について驚くようなことが書かれているのだ。

イエズス会のラミ神父という人は、「修道士あるいは自分の修道会に対する中傷を公表すると脅迫するものを、他に防御の手段がなければ、殺すことができる」と主張していたらしい。(下巻P200)いくらなんでも「殺すことができる」は行き過ぎではないだろうか。ラミ神父の主張に、他のイエズス会士は「待った」をかけなかったのだろうか。

しかし、イエズス会士たちは「同僚がいったん著書に記したことは全員で擁護しなければならない」という原則に従っていたという。(下巻P99)おかしいと思っていても擁護しなければならない。これでは自浄作用を期待しても無理だろう。ちょっとブラックなにおいがして危ない。

また、イエズス会は自分たちに敵対する人間に対して誹謗文書を出している(下巻P145など)。自分たちを「中傷」する人間の穀倉には放火したってかまわない(下巻P158)。イエズス会士は教皇によって国王への服従義務を免除され、また国王が異端者なら殺してもいいらしい。(下巻P100)自分と違う考えの人間は「殺してもいい」って、キリスト教の教えでありなのか?こんなことをしていたら、神様からはどんどん遠ざかってしまうのではないか?これらの話が本当だとすると、イエズス会はずいぶんヤクザな修道会ということになる。ちょっと衝撃的だった。

 

さて『パンセ』の三分冊を読んできたが、読み応えがあった。面白かった。下巻はアンソロジーが収録されているので、ここから読んでしまうのも手かもしれない。

『パンセ』は「題名だけは良く知られているのに、あまり読まれていないシリーズ」のひとつだと思う。決して読みやすいとはいえない、ばらばらの断章をなんとか読み通すことができたのは、塩川先生の詳しくてわかりやすい注釈のおかげだ。アウグスティヌスの『告白』や、ラブレーの『ガルガンチュアとパンタグリュエル』の時もそうだったが、注釈や解説がていねいでわかりやすかったからこそ、高卒程度の学力もおぼつかない私だって読めたのだ。

私はキリスト教とは全く無縁なので、パスカルの思惑通りに「回心」することはなさそうだが、それでもパスカルに出会えたことは本当に良かった。人間に対する鋭い考察もさることながら、現実の社会と折り合いをつけることの大切さも教えてくれた。時代を超えてパスカルに会わせてくれた塩川先生には心より感謝したい。

 

また、この本も『パンセ』の読解を助けてくれた。『パンセ』でよくわからないところにぶち当たった時に、何度開いたかわからない。読み物としてもとても面白かった。

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山上浩嗣著『パスカル『パンセ』を楽しむ』(講談社学術文庫

この本で全体像をつかんでから、『パンセ』に取り掛かるのもいいかもしれない。

 

◎勉強日記

<化学>

「宇宙一わかりやすい高校化学(理論化学)」12-5「蒸気圧降下と沸点上昇」から12-9「コロイド」まで解説を読み、別冊の確認問題を解く。

わかったようなわからないような。解説をたよりにおっかなびっくり解いている。コロイドに関しても「ふーん」という感じだ。チンダル現象って妙な名前ではないか?

とにかくChapter12を片付けたくて、気合を入れて、えいやっと終わらせてしまった。

 

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「神がいるかいないか、賭けてみないか?勝った場合の儲けは無限大だ!」 読書ノート パスカル著『パンセ(中)』+169日目(日本史)

読書ノート 勉強日記 日本史

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パスカル著『パンセ(中)』(塩川徹也訳 岩波文庫

 

前にも書いたが、パスカルの目標は、神を信じない人に向かって、キリスト教を信仰するように呼び掛けることだ。

人間は自分自身の欠点と悲惨さに我慢ならない。それにも関わらず、他人からは良く思われたいと願う。だから自分自身の悲惨さをできるだけ見ないようにし、他人にも知られないように努力する。誰だって多かれ少なかれ、他人の目を気にして暮らしている。パスカルによれば、人間は邪悪さにまみれているくせに、見栄っ張りでどうしようもない生き物なのだ。

それでは、どうしたらこの悲惨な状況から抜け出せるのだろうか。「そりゃあ、キリスト教を信じることですよ」と、パスカルは持ち込みたいのだが、相手は無神論者だ。そう簡単に信じてもらえるわけがない。

そこでパスカルは、無神論者に理屈で訴えることにした。神がいるか、神がいないか。ひとつ、賭けてみようじゃないか。賭けるものは「人生」そのものだ。

「神がいる」に賭けて神がいた場合は、自分自身の悲惨さから解放される。つまり「原罪」から解放され、永遠の生と幸福が得られる。「神がいない」に賭けて神がいた場合は、何も手にできない。だが、「神がいる」に賭けて神がいなかった場合も、別に何一つ損するわけではない。それなら「神がいる」に賭けた方が、得ではないだろうか。こういう理屈なのだ。

418 「神は存在するか、しないかのいずれかだ。」・・(中略)・・きみはもう乗船しているのだ。そこで、どちらを取るのか、さあ見てみよう。選ばなければならないのだから、君の利益をできるだけ損なわずに済むか、考えてみよう。・・(中略)・・きみは、もし勝てば、すべてを獲得する。もし負けても、何も失うものはない。だから迷うことなく賭けるべきだ。(中巻P51~53)

パスカルがよくこんなことを書いたものだと感心する。なぜならパスカルは、神を信じるとか信じないとかいうことは、理屈で考えるものではないと言っているからだ。

424 神を感ずるのは心であって、理性ではない。これこそ信仰というものだ。心に感じられる神。理性にではない。(中巻P66)

目には見えないけれど、確かに存在する「何か」がある。だが、証明はできない。理屈で説き伏せることも本来はできないはずだ。パスカルはそれを知っていながら、不可能なことに挑戦しようとしているのだから恐れ入る。

だが、キリスト教がいかに「正しい」かを証明するためのユダヤ証人説」は、いまひとつ理解できなかった。というか、自分がユダヤ人だったら嫌な思いがするだろうな、という思いが残った。

旧約聖書では神に対するユダヤ人の反逆と忘恩を責めている。それなのに、自分たちにとって何の得にもならない旧約聖書を大事に守っていることが、彼らの誠実さの証しであり、聖書が「正しい」ことの証明だという。

旧約聖書にはメシア(救世主)がやってくることが予言されている。しかし、イエス=キリストがあまりにもみすぼらしい格好でやってきたために、ユダヤ人はびっくりして、彼を救世主だとは思わず殺してしまう。旧約聖書ではユダヤ人がメシアを拒絶することも書いてある。ユダヤ人は世界中に四散し、いまだに惨めな境遇である。すべて聖書に予言されたとおりじゃないか。だから聖書は正しいという理屈である。

593 もしユダヤ人が全員、イエス・キリストによって回心させられていたとすれば、私たちにはもはや疑わしい証人しか残らないだろう。そしてもしも彼らが皆殺しにされていたとすれば、証人がまったくいなくなってしまうだろう。(中巻P324)

中巻は、パスカルによる旧約聖書の訳が延々と続く箇所がある。聞き書きではなく、同時代人のモーセが書いたんだから正しいに決まっている!とも言っている。モーセは120歳まで生きたらしいが、本当だろうか。また、旧約聖書の「創世記」には人類の起源と最初期の歴史が書かれているのだが、ところが中国の史書にははるかに「創世記」をさかのぼる歴史が綴られている。これにパスカルは困っているように見える。

キリスト教の「正しさ」を証明することを護教論というらしいが、素人の私から見るとこじつけのような気もしないでもない。

 

◎勉強日記

<日本史>

「石川の日本史B実況中継②」第32回「江戸初期の外交と政治」の赤字部分をノートに取りながら、流れをつかむように心がけながら読む。

もともと歴史について無知な私だが、江戸時代については特に知らない。しっかりやろう。

この回で登場する「支倉常長」展を仙台で見たことがある。とても感激した。慶長遣欧使節団を率いて、スペインやローマまで行った支倉常長伊達政宗の命を受け、行く先々で「仙台と貿易をしませんか?」と誘ってみるも断わられ・・・。禁教令が敷かれていることを知りながら日本に帰国。もともと重症だったらしいのだが、帰国してすぐに死んでしまう。支倉常長とともに旅をした宣教師のソテロも、日本で火あぶりになっている。なぜ危険な日本に帰ってきたのだろう?そのあたりはよくわからなかったが、とにかく心揺さぶられる展示だった。

島原の乱についても、熊本・天草に行ったときのことを思い出す。資料館が充実していて興味深かった。この大規模な乱がきっかけとなって、農民への過酷な取り立てはやってはいけないことになるのだから(島原藩主は改易、斬首)、島原の乱は大きな意味を持つ。

キリスト教がらみのことに目がいくのは、『パンセ』を読んだばかりだからだろうか。

   ↓

問題集「教科書よりやさしい日本史ノート」42「江戸初期の外交と禁教」と43「『四つの窓口』と寛永期の文化」1~5の穴埋め問題をやる。

 

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「自分が心底救われたいと思わなければ、信仰には意味がない」 読書ノート パスカル著『パンセ(上)』(塩川徹也訳)167日目~168日目(数学Ⅱ)

読書ノート 勉強日記 数学

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パスカル著『パンセ(上)』(塩川徹也訳 岩波文庫

 

パスカルが亡くなった後、さまざまな大きさと形の紙片に記された断片的な文章の堆積が見つかった。それが「パンセ」(断想)だ。

「人間は一本の葦にすぎない。自然のうちで最もか弱いもの、しかしそれは考える葦だ」。この言葉で有名な『パンセ』は最近岩波文庫から新訳が出たばかりだが、詳しい訳注のおかげもあって、とても読みやすかった。上中下の全三巻。通して二回読んだが、読むたびにさまざまな発見があった。

パスカルの目標は、神を信じない人たちに向かって、キリスト教を信仰するように呼び掛けることだ。そこで、人間がいかに自己愛やさまざまな欲望にまみれていて救いようがないかを、これでもかこれでもかと書きまくる。(これが的を射ているので、身につまされる)だから人間には救いが必要なのだ。救いに最適なのはキリスト教だ。と、このような流れで話が進む。

上巻では「いかに人間というものがダメか」ということが中心になっている。一方、中巻はいかにキリスト教が「正しい」宗教か、その根拠を示すことが話の中心となっている。下巻はイエズス会vsパスカルの大喧嘩だ。パスカルイスラーム教に対してもユダヤ教に対しても不寛容だが、一番嫌いなのは同じカトリックであるはずのイエズス会らしい。日本に縁の深いイエズス会。そのイエズス会については驚く話が多かったが、それは下巻の読書ノートに回すことにする。

さて、上巻についてだ。キリスト教にかかわらずどんな宗教も、人間が真剣に「自分が救われたい」という願いを持たなければ成り立たない。そこでパスカルは、人間がいかにどうしようもない存在かを暴き出す。信仰への道は、まず自分を知ることから始まるのだ。

人間は誰でも他人の目を気にする。若くてスタイルがいいと言われたい。仕事ができるとか、いい学校に入って頭がいいとか言われたい。お金が有り余るほどあって「裕福でうらやましい」と言われたい。などなど、誰だって、他人からよく思われたいのだ。このように人間は基本的に見栄っ張りなので、時には自分を窮地に追い込んでしまう。

77 好奇心はたいてい虚栄にすぎない。知りたがるのはそれについて話すためだ。(上巻P103)

120 私たちのうぬぼれときたら、周囲の五、六人に評価されるだけで、いい気になって満足するほど軽薄だ。(上巻P140)

そして、人間には自分のやり方を他人に押し付けるクセもある。他人を支配しようとする欲望、これをパスカルの言葉では「圧政」という。自分が正しいと思っている考えに他人が従わないと、なんとなく面白くない。こんな一面が人間にはある。

597 <私>とは憎むべきものだ。・・(中略)・・要するに、<私>には二つの性質がある。それは自分をすべての中心に据える点で、それ自体として不正であり、他者を従属させようと望む点でははた迷惑である。(中巻P327)

また、人間には悪意も存在する。他人に意地悪してやりたくなる気持ち。自分の優位性を保ちたいと思うのも、他人の目を意識しているからだろう。パスカルも人間関係には人並みに苦労したのか(?)友人だと思っていた人間が弱いヤツだと、周囲に合わせて悪口を言い始めるに違いないなどとも言っている。

537 悪意は、自分の側に道理があるとなると、居丈高になり、その道理を思う存分ひけらかす。(中巻P537)

ところが、人間はどんなに偉そうにしていても、か弱い体に支えられているに過ぎない。それに、いつかは死んでしまう。支配欲や自己愛やさまざまな欲望に振り回され、いつかは年老いて死んでしまう人間。そんな惨めさを忘れるために、あらゆる「気晴らし」をせずにはいられない人間。よくよく考えると、悲惨きわまりない。

だが、パスカルはこうも言う。人間はさまざまな点でみじめだが、自分がみじめだと知っている点では偉大だというのだ。

自分が心底救われたいと思わなければ、信仰にはまったく意味がない。そして、人間の救済に直接結びつく宗教は何だろうか。そこでパスカルは、キリスト教の「正しさ」を証明しようとする。(中巻に続く)

 

◎勉強日記

<数学Ⅱ>

「初めから始める数学Ⅱ」2nd day「虚数単位、複素数の計算」の解説を読み、例題を解く。

虚数がついに出てきた。『フェルマーの最終定理』によれば、虚数複素数の発見で、数学界はたいていのことが説明できるようになったらしい。i²=-1。ふたり合わせてマイナスにしかならない人間っているよなあ、と全く関係ないことを考える。√2すら認めなかったソクラテスが知ったら卒倒するだろう。

実数、有理数無理数の区別を改めておさらいする。計算問題はあまり難しくなかった。

   ↓

問題集「基礎問題精講・数学ⅡB」14「2次方程式の解」~16「複素数の計算(Ⅱ)」までの例題のみを解く。たいしたことない。それなのに計算間違いをしてしまう。もっとていねいに解こう。

 

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FC東京vs川崎フロンターレ@味の素スタジアム(J1第4節)+162日目~166日目(世界史)

サッカー 勉強日記 世界史

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川崎フロンターレFC東京にとって縁が深いチームだ。なんといっても川崎も東京もJ2オリジナル10の仲間であり、ともにJ1に上がったのだから。当初は「多摩川クラシコ」なんてなかったし、突然できたイベントだという感じもするけれど、J2発足時からずっと試合を見ている私にとっては、川崎フロンターレはまさにライバルだという印象が強い。それに親近感もある。だが、中位ばかりうろうろしている東京に比べて、川崎はリーグ戦で何度も優勝争いに絡んでいる。今年は東京も負けられない。

いつもの二階席でまったりと観戦する。選手入場前に「スタジアムに行こう」という曲が流れるのだが、東京サポが大声で歌っているのを初めて見た。しかも川崎サポもノってくれている。

昨年まで川崎にいた大久保嘉人が、今年東京に移籍した。マッチデープログラムのインタビューで大久保は「(川崎からの)ブーイング?それはないと思います」と驚きの発言をしている。「川崎のファン・サポーターが移籍していった選手にブーイングをしたのを見たことはありませんから」と。本当にブーイングなしなのだろうか?

選手紹介のときは拍手もブーイングもどちらもあったように聞こえたが、「敬意をこめてブーイング」というのもあるから、川崎サポが大久保の貢献度を認めていないというわけじゃない。

スタメンは以下の通り。

FW   大久保嘉

MF 中島  阿部  永井

    高萩  橋本

DF 太田 丸山 森重 室屋

GK     林

 

フォーメーションは初めは4-2-3-1だったが、いつの間にか4-4-2になっていた。

前半1分 いきなりやられたかと思った。中村憲剛の左コーナーキック。奈良がヘッドでそらし、田坂が押し込もうとするが、GK林がライン際ぎりぎりでセーブする。林がいてくれるありがたさよ。これで何度つぶやいたことだろう。

前半25分 高萩から右サイドの室屋へパス。室屋はサイドを駆け上がり、ゴール前へクロスをあげる。川崎のDFがクリアした浮き球を大久保がバイシクルシュート。枠の上だったがスタジアムはおおいに盛り上がった。

前半27分 阿部がグラウンダーのクロス。大久保が右エリアからゴールに流し込み、入った!!と思ったらオフサイドの判定。大久保の東京初ゴールかと思い、観客は一瞬立ち上がったが・・・残念。

前半30分。川崎のカウンター。MF登里がドリブルを仕掛ける。東京のDF3人の間を突破。丸山がしっかりと体を寄せているにも関わらず、枠に向かってシュートを飛ばしてきた。林が弾いてセーブ。危なかった。

あっという間に前半終了。0-0。お互いバチバチやり合う、締まったいい試合になった。

後半はメンバー交代なし。

後半59分 高萩が右エリアの大久保にフィードを送る。相手にDFにクリアされてこぼれたボールを中島がミドルシュート。枠にしっかりと飛ぶが、川崎のキーパーが右手でセーブ。

後半62分 永井に代えてピーター=ウタカを投入。初めて味スタで見るウタカにスタジアムがどっと沸く。

後半68分 ボランチ橋本に代えて、田邉草民をイン。橋本はけっこう頑張ってくれたが、イエローをもらっていたのと、後半に手を使ったあぶなかっしいプレーが続いていたので、この交代は納得。退場になっては困る。

後半75分 田坂のパスを大久保がインターセプトする。中島を経て、大久保が左サイドからかけあがり、中央からするするっと左エリアに抜け出した阿部に縦のスルーパス。阿部がシュート!相手GKの足元にあたり、そのままゴールネットへ。オウンゴールとなったが実質阿部の得点だ。1-0。

後半86分 太田のスローイングから中島のヒール。受けた太田は猛然と左サイドを駆け上がり、奈良をかわしてクロスをあげる。ゴール前にウタカが飛び込み、ジャンピングボレー。2-0。

AT5分。

後半90分+AT1分 中島→徳永に交代。守備固めの投入。

後半90+AT2分 太田のロングフィードは相手DFに当たるが、こぼれ球を大久保が拾い、ウタカにパス。ウタカはワンタッチでエリア中央にパスを送る。裏に抜け出した大久保はGKと一対一に。華麗にGKをかわしてゴールを決めた。3-0。

大久保がやっと決めてくれた!!スタジアムの熱狂は最高潮に。しかし、東京のゴール裏にGK林を含む選手全員が向かったため、一時フィールドには東京の選手がひとりもいなくなってしまう。大丈夫か?無人のフィールドでいきなりプレーが始まったりはしないだろうか?審判がよく笛を吹いてファールを取っていただけに、ドキドキしてしまった。

そして、ゲームセット。去年やられっぱなしだった川崎に勝てて良かった。

 

東京はワンパターンの攻撃を抜け出したような感がある。以前はゴール前を横パスでつなぐだけでちっとも怖さがなかったし、シュートに至るまでの手数も多くて、ゴールが入る気がしなかったことが多い。しかし今年は、つなぐところはつなぐけれど、隙あらば永井や中島の背後に長いパスも出す。攻撃にメリハリがあって見ていて楽しい。

球際も激しかった。DFも下がらなかったし、前線からのプレスが効いていた。守備はかなり固いぞ、東京。

また、今回のゲームでは、太田が冴えわたっていたのが嬉しかった。過去のゲームではあまり目立っていなかった・・・というか、太田にはやはり持ち味のクロスを期待してしまうので、今回その強みが見られて良かった。

日本代表戦があるので、Jリーグは2週間休みだ。この好調さを維持してほしい。

 

◎勉強日記

<世界史>

「青木の世界史B実況中継②」第32回「ルネサンスー『人間の発見』がなされた時代ー」の赤字部分をノートに取りながら、流れをつかむことを心がけて読む。

実は勉強に取り掛かる前、世界史は前半部分をすっとばして、この時代から手をつけようかと思っていた。でもせっかくやるのだから、初めからやろうと思い直したが。だからルネサンスに到達したことはとても嬉しい。

ラブレー先生にまた会えた。そのほかにもマキャベリだのセルバンテスだの、読まなければならない本がいっぱいだ。

今回は「inteligence=知性」の元の言葉が「intel=行間」からきているという話が胸にささった。文章をそのまま読むのではなく、行間を読み解く。それがインテリジェンスなのだ。なるほど。

   ↓

「ツインズ・マスター」31「ルネサンス」の穴埋め問題を解く。意外とかんたん。

 

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「何度読んでも意味がわからない!」 豊島岡女子学園中学校(2016年国語 第1回)+160日目~161日目(日本史、化学)

読書ノート(中学入試) 勉強日記 日本史 化学

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なんだか不思議な論説文に出会ってしまった。私の読解力がないせいかもしれないが、何度読んでも論理展開がつかめない。もしかすると一冊まるごと読めば把握できるのかもしれないが、一応入試問題なので、与えられた文章の中で考えてみることにした。出典に「~による」と書かれているのは、参考文献をもとに出題者の先生がリライトしたという意味だろうか?

豊島岡女子学園中学校(2016年第1回)出典:川崎謙『神と自然の科学史』(<講談社選書メチエ>による)

ものすごく乱暴に要約するとこうなる。※(1)~(5)の数字は私が勝手につけた。

(1)我が国の先人たちは西欧自然科学を「普遍的なもの」だと思い込んでしまった。その理由のひとつは、西欧自然科学の内にある普遍性を見出したからだ。それは、技術の普遍性だ。技術は効率という尺度で優劣を測ることができるという点で普遍的だ。

 ↓

(2)ところで、西欧自然科学を語るときに「科学・技術」は一組で語られることが多い。しかし、科学と技術は別物なのだ。科学とは認識を目的としてきた。それは真理を認識すること、確実で間違いのない認識というものを目標としてきたのである。一方、技術は制作を目的としてきた。認識と制作は異なる営みなのだ。

 ↓

(3)西欧社会において西欧自然科学の社会的意義が認められたそもそもの理由は、技術革新に貢献すると認められたからだ。私たちの先人が西欧自然科学に見た普遍性は、本当は「技術の普遍性」にほかならないのだ。

 ↓

(4)「西欧自然科学が認識である」ことが見えにくくなってしまった原因のひとつに、西欧自然科学が「認識を技術化」したことが挙げられる。

どういうことか。梃子(てこ)を例にとろう。梃子の便利さは普遍的だ。しかし、梃子の原理が発見されたから梃子が使われるようになったわけではない。まず梃子が便利に使われるようになり、西欧自然科学がその原理を説明したのだ。梃子の便利さは技術、梃子の原理は科学に対応する。より便利な梃子とは、その働きの効率で判断される。その効率を上げるための工夫には、西欧自然科学の説明を必ずしも必要としない。

 ↓

(5)効率で優劣の認識がつけられる技術と違って、認識に優劣をつけることはできない。なぜなら認識は個別的だからだ。西欧自然科学に普遍性を見ている私たちは、その認識に普遍性を見ているのではなく、技術に普遍性を見ているに過ぎない。もし「認識の技術化」がなければ、私たちの先人も西欧自然科学に普遍性を見出せなかったに違いないのだ。

 

つまり、日本人は西欧自然科学が『正解』を出すものだと思い込んでいるがそれは違うよ、と言いたいのだろうけれど、そこに至るまでのつながりが理解できない。「認識は見る人の視点によって違うから、普遍的なものではない」ということはわかった。しかし「西欧自然科学は認識なのだ」ということばがあまりにも唐突で、なぜそう言えるのかわからないのだ。

「西欧自然科学は認識だ」(←?)

    ↓

「認識は見る人の視点によって違うので、普遍的なものではない」(←わかる)

    ↓

「したがって、西欧自然科学は普遍的なものではない」(←?)

(2)によれば、科学は「確実で間違いのない認識」を目標にしているのではなかったか?それとも科学で追求している真理とは、見る人の視点によって違う真理なのだろうか?

何度読んでも理解できない。完全にお手上げ状態となってしまった。

 

◎勉強日記

<日本史>

「石川の日本史B実況中継②」第31回「江戸幕府の支配体制」の赤字部分をノートに取りながら、流れをつかむように心がけて読む。

やっと関ヶ原の戦いまでたどり着いた。昨年関ケ原に遊びに行ったが、そこで訪れた「関ケ原ウォーランド」の微妙さにうーん、と唸ってしまった。荒れ放題の庭園に戦闘を繰り広げる武将をかたどった不思議な人形がたくさんあり、あまりにも雑然としているので「歴史の勉強」にはならない。しかし今でも鮮やかに思い出せるので、インパクトはあったに違いない。石田三成の本拠地となった大垣城は良かった。なぜか日本百名城ではないけれど。街歩きも楽しかった。

話は参考書に戻るが、大名の持つ城を1つに限定した「一国一城令」は、かえって大名の家臣統制を容易にしたというのが興味深い。

また幕府による農民の支配は半端ない。着るものさえ統制されていたというのだから。福沢諭吉の『福翁自伝』に、武士に対する百姓の卑屈ぶりを非難するような記述があったが、長い間徹底的に支配されていたらそうなるよ、と思う。当時の百姓のメンタリティーがどうしても想像できない。

   ↓

問題集「教科書よりやさしい日本史ノート」40「江戸幕府の成立」から41「幕藩体制の成立」までの穴埋め問題をやる。寺請制度は、キリスト教を禁止するため、各自お寺を決めて、そこからキリスト教徒ではないと証明してもらうためのものだというのが興味深い。

 

<化学>

「宇宙一わかりやすい高校化学(理論化学)」Chapter12「溶解度」に入る。12-1「溶解度」から12-4「気体の溶解度」までの解説を読み、例題があるときはそれを解き、別冊の確認問題を解く。

計算問題が多いとかえって気が楽だ。力技でなんとかなりそうな気がするからだ。例題も多い方が安心だ。「へんてこなプール」など、船登先生の解説は独特だがわかりやすい。気体は計算が面倒だったが、なんとかできた。

本当はもっと詳しく書きたいのだが、数学や化学の数式をどうキーボードで打ったらいいのかわからないので、いつもシンプルな書き方になってしまうのが残念だ。

理論化学はChapter14までだ。やっと終わりが見えてきた。

 

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Jリーグ第3節覚書き+157日目~159日目(世界史、数学Ⅱ)

サッカー 勉強日記 世界史 数学

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Jリーグ第3節はテレビ&ネット観戦だったので、覚書きのみ残すことにする。

FC東京は散々な結果だった。アウェイの地でガンバ大阪に3-0で敗退。ガンバには特に苦手なイメージがなかっただけに、ここまでやられるとは思わなかった。セカンドボールは拾われるし、芝は滑るし、大久保はPKを外すし、ガンバのGK東口は決定機をばんばん止めるし(くやしい!)、東京にはいいところがなかった。しかし、なんとか次につなげられるような敗戦であってほしい。だって今年こそ優勝するんだよね?私はすっかりそのつもりでいるのだが。

清水エスパルスはアウェイでアルビレックス新潟に0-2で勝利。(この試合はDAZN観戦)まさかの野津田のボランチ起用だったが、けっこう良かったのでびっくりだ。個人的には1点目につながった枝村の高速クロスに痺れた。新潟の小泉は(清水目線でいえば)イヤな選手だった。清水はケガ人が多いのに、2勝1敗はすばらしい。

私は東京サポーターだが、夫は清水サポだ。だから結局どちらの試合も見ることになる。だから清水にもずいぶん詳しくなった。

 

◎勉強日記

<世界史>

「青木の世界史B実況中継②」第31回「トルコ・イラン・インド世界の展開ー14~18世紀のイスラーム世界ー」の赤字部分をノートに取りながら、流れをつかむことを心がけて読む。

サファヴィー朝ペルシアが国教とした「十二イマーム派」という文字が目に飛び込んでくる。見たことがあるというだけで嬉しい。「十二イマーム派」はイスラムシーア派の大多数派であり、現在のイランの国教でもある。

井筒俊彦イスラーム文化』によれば、イマームとはイスラーム教の霊性的最高権威者だそうだ。「十二イマーム派」は、人類の歴史にそのようなイマームが十二人だけ現れたと信じているのだ。ムハンマドの娘ファーティマと結婚したアリーが1人目。その子孫が代々イマームを受け継いでいく。第12代イマームムハンマド=イブン=ハサン。

ところが11代目の父が逝去した同じ日に、彼は地下の密室に入ったきり、そのまま行方不明になってしまう。4歳、もしくは5歳の幼いイマームはそのまま蒸発してしまった。しかしこの隠れたイマームは、終末の日にメシアとして再びこの世に姿を現してくるものと信じられている。この辺はキリスト教っぽい。

インドのシク教徒は大きなターバンが目立つ。シク教イスラーム教とヒンドゥー教の融合宗教だということは知らなかった。しかし偶像崇拝の禁止だとか、カースト制度の否定だとかいう点はイスラーム的だ。

そして、いよいよオスマン=トルコが登場する。「デヴシルメ」という、キリスト教徒の少年を強制的に徴用し、イスラーム教に改宗させたうえで、官僚や軍人に登用する方策は、なんとも不思議な感じがする。なぜイスラーム教徒でなしに、キリスト教徒?本来なら宗教が違うだけで下働き専門にさせられそうだが、官僚や軍人にしてしまうとは。この疑問に対する青木先生の解説はわかりやすかった。が、やはり不思議な感じはする。

   ↓

問題集「ツインズ・マスター」29「トルコ・イラン・インド世界の展開」の穴埋め問題。覚えているかどうか、どうもあやしい。

 

<数学Ⅱ>

「初めから始める数学Ⅱ」1st day「3次式の因数分解と二項定理」の解説を読み、練習問題を解く。

今日から数学ⅡBに入る。まったくの未知の世界なので、不安だったり嬉しかったりしている。とは言っても、たぶん高校の授業で受けていたはずなのだが、内容たるやこれっぽっちも記憶にない。数学だけではなく、他の教科もこんな調子だから、当時はみじめな落ちこぼれ生活だった。授業がわからないのにずっと教室にいるのはツライ。いったいどうやって卒業したのか謎だ。

まあいい。過ぎたことは仕方ないのでこれから何とかしよう。

因数分解は数学Ⅰの復習のようだった。初見は二項定理のみ。公式の丸暗記だとつらいが、ていねいに公式の説明がなされているのでじっくりと読み込む。こんなところでパスカルの三角形に出会えたのは嬉しい。実はパスカル『パンセ』(上・中・下)を読了したばかりなのだ。(今2周目に入った。読書ノートをつけるには、少し時間がかかりそうだ。)著作を読んだことのある人に出会うと、「やあ!」と声をかけたくなる。

繁分数も落ち着いて解けばどうということはない。面白かった。

   ↓

問題集「基礎問題精講・数学ⅡB」1「3次式の展開」から7「繁分数式の計算」の例題のみを解く。買ったばかりのぴかぴかの問題集だ。やる気がでる。とりあえず、ここまでは問題なく終えることができた。

 

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「老人ホームで働いた体験から生みだされた、心に響く詩」 灘中学校(2016年国語)+155日目~156日目(日本史、化学)

読書ノート(中学入試) 勉強日記 日本史 化学

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中学入試で良い詩を読んだ。詩は人によって解釈がさまざまだから、入試に出すのはどうかとも思うけど、それでもこの詩はとてもいい詩だった。

灘中学校(2016年)「四つの海」齋藤恵美子

舞台は老人ホーム。「何がしたい?」と問われて、車いすにのったお年寄りたちが自分たちの夢を語り合う。「オムライスが食べたいな」「買い物がしたい」「なまの海が見たい」「おれは地面を歩きたい」

あまりにもささやかな夢。ここでは地面を歩くことさえ欲望なのだ。しかしお年寄りたちには、かつては自分の足で地面を踏みしめ、それぞれの故郷の海を見つめていた。それだけは確かな経験であり、確かな記憶なのだ。

詩人の斎藤恵美子は、老人ホームで働いていた経験をもとに詩を書いている。詩なんて久しぶりに読んだけれど、老いのそこはかとない寂しさがとても心に響いた。

灘中学校の読解問題はあまり難しくない。選択肢も紛らわしいものが少ない。ただし量が半端ないし、時間も少ない。この詩は問題の最後に出てくるから目を通さない受験生も多いのだろうなと思うと、もったいない気がする。

あと、灘中学校は言語知識を問う問題量が多い。パズルみたいな問題も多い。出題者の国語の先生の狙いは何なんだろう。中学校に入ったらがんがん難しい本を読ませるから、それらの本が読めるだけの基礎知識は自分で身につけてこいよ!というメッセージなのだろうか。

たとえば、こんな問題があった。

「コンプレックス」は「自分が相手よりおとっているという感情」という意味ですが、このように「~ックス」という形で、次の1~4の意味になる外来語を答えなさい。

1.正統的であるようす。

2.最高に盛り上がったところ。

3.高級でぜいたくなようす。

4.くつろいでゆったりした気分になること。

2、3、4は答えられるが、1の「正統的であるようす」って何だ? これ、答えられないとだめ?(笑)

(解答:1.オーソドックス 2.クライマックス 3.デラックス 4.リラックス)

でも読解問題は面白かった。辻村深月「仁志野町の泥棒」(『鏡のない夢を見る』(文春文庫)所収)なんて、クラスメートのお母さんがあちこちで泥棒しまくっている話なのだ。しかもそれを知りながら、町の人たちはみんな知らん顔して暮らしているってどういう状況なんだろう。元の小説がどういう話なのか興味深い。

 

◎勉強日記

<日本史>

「石川の日本史B実況中継②」第30回「太閤検地・刀狩・朝鮮侵略」を赤字部分をノートに取りながら、流れをつかむことを心がけて読む。

「太閤」って何だったっけ。忘れてしまったので、おさらいする。太閤は前関白、前太政大臣のこと。関白は成人した天皇を補佐して政治をおこなう役職。摂政は成人していない天皇の補佐だ。この辺が混乱してしまう。「太閤」といえば、豊臣秀吉のあだ名のような気がしてしまうのはなぜだろう。

太閤検地に協力しない百姓は切り殺せ、という史料がなまなましい。世界史も日本史も「人のいのちは大事だ」と言っている時代はほとんどないように思う。人命尊重は、ごく最近の考え方に過ぎないのだろうか。

キリシタン大名大村純忠が、長崎をイエズス会に寄付してしまった話も初めて知った。秀吉は長崎を没収してしまうのだが、もし長崎がずっとイエズス会の持ち物のままだったらいったいどうなっていたのだろう。南米で起こったことを考えると恐ろしい。

朝鮮侵略のくだりでは、李舜臣が登場する。司馬遼太郎の『「明治」という国家』によれば、李舜臣は明治時代に日本人が「発見」したそうだ。それまで朝鮮半島の人々は李舜臣の存在を知らなかったそうだ。ほんとだろうか。

   ↓

「教科書よりやさしい日本史ノート」39「豊臣秀吉の内政と桃山文化」の1~4のみの穴埋め問題。中途半端な量になってしまった。

 

<化学>

「宇宙一わかりやすい高校化学(理論化学)」11-8「実在気体」から11-10「水銀柱の高さ」までの解説を読み、確認問題を解く。

極性分子、無極性分子って何だっけ?前に戻ってもう一度確かめる。

水銀の中に試験官を沈め垂直に立てると、水銀は水槽の液面から760mmの高さで止まる。こうして大気圧の存在を可視化できる。水だと軽すぎるから水銀で実験をするらしいのだが、水銀だって相当の高さだ。

今回は知識確認問題ばかりだった。「気体」の章はこれで終了だ。

 

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