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こだいらぽんたの「基礎学力」勉強日記

基礎学力(高卒程度)を身につけたい。読書も旅もしたい。フットボールも見たい。

「金子みすゞが不幸な詩人だったことを入試問題で初めて知った」 女子学院中学校(2015年国語)+136日目~140日目(世界史、数学A)

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金子みすゞの詩は、東日本大震災後によくテレビで流れていたのを覚えている。この時は各企業がCMを自粛してしまっていて、テレビのCMといえば、「こんにちワン!ありがとウサギ!」からはじまる「ポポポポーン」か(正式名称を知らない)、「『遊ぼう』っていったら『遊ぼう』っていう。『馬鹿』っていったら『馬鹿』っていう」からはじまる「こだまでしょうか」ばかりだった。

しかし「こだまでしょうか」はとてもいい詩だった。金子みすゞは100年以上も前に生まれた童謡詩人だ。だが、21世紀の今を生きる私たちも、自分のことをうたってくれた詩として共感できるのではないだろうか。

今回のプチ読書ノートは、女子学院中学校の入試問題からだ。

女子学院中学校(2015年)出典:小川洋子『心と響き合う読書案内』<PHP新書

ここでは3編の金子みすゞの詩が紹介されている。「私と小鳥とすずと」は「みんなちがって、みんないい」の名言で終わる詩だし、「はちと神さま」は「神は細部に宿る」ということばを思い出させてくれる。「つもった雪」はシンプルでわかりやすい。

 

「つもった雪」

上の雪

さむかろな。

つめたい月がさしていて。

 

下の雪

重かろな。

何百人ものせていて。

 

中の雪

さみしかろな。

空も地面もみえないで。

 

ところが、金子みすゞは私生活では不幸だった。・・・というのは入試問題で知った。

金子みすゞは明治36(1903)年、山口県の仙崎村(現長門市仙崎)に生まれる。家業が本屋だったこともあって、本に親しみ、童謡を雑誌に投稿するようになって、西條八十の目にも止まるようになった。

だが結婚後、夫に詩の投稿を禁止されてしまうのだ。離婚後、娘の親権を要求する夫に抵抗の意思を表すため、昭和5(1930)年に自殺してしまったのだという。26歳の若さだった。こんな情報が中学入試で得られるとは思わなかった。ちょっと驚きだ。せっかく離婚したのだから死ななくてもいいだろうに、というのは凡人の考えだろうか。根っからの表現者が表現の手段を封じられると、どうなってしまうのだろうか。こんなに素敵な詩を書く人だったのに、なんともいたたまれない。

 

◎勉強日記

<世界史>

「青木の世界史B実況中継②」第28回「中国史(6)ーモンゴル帝国・元」の赤字部分をノートに取りながら、流れをつかむようにして読む。

アラル海だのカスピ海だの、この辺が出てくると想像もつかなくてドキドキしてしまう。一方、タブリーズだの、サライだの、サマルカンドだの、名前を聞くだけでときめく都市もある。いかにも異国の匂いがするので。

モンゴル人は主にチベット仏教を信仰していたようだ。今でもそうらしい。地図にある「外モンゴル」と「内モンゴル」って何だ?と疑問に思い、Wikipediaで調べだしたら止まらなくなった。周辺の国々に翻弄されたモンゴルの歴史も大変なものだが、現在の内モンゴルにいるのはほとんど漢民族だとか、外モンゴルではチベット仏教のほかにシャーマン教も信仰されているとか、いろいろ面白かった。世界史の勉強を進めると、そのうち出てくるのだろうか?

脱線してしまったが、モンゴルの存在が東西の交流を活発にしたことも興味深い。マルコ=ポーロの「世界の記述」(東方見聞録)も意外と読まれていない名著のひとつかもしれない。いつか読もう。

   ↓

問題集「ツインズ・マスター」26「モンゴルの大帝国」の穴埋め問題をやる。「地図問題」にある、分裂したモンゴルの国を覚えておくことにする。

 

<数学A>

「初めから始める数学A」11th day「三角形の五心、チェバ・メラニウスの定理の解説部分をよく読み、練習問題を解く。

重心、外心、内心、垂心、傍心。どれも知らない。定義を読めば「へー」とは思うが、覚えられるかどうか。特に外心が「三角形の各辺の垂直二等分線の交点」であることをすぐに忘れてしまう。大丈夫だろうか?

ラニウスの定理とチェバの定理はよくわかった。すぐ使えそうだ!と思ったのもつかの間、練習問題はそれぞれの定理の証明をする問題だ。面倒くさがってはいけないと自分に言い聞かせる。証明こそが数学のキモなのだから。

   ↓

問題集「基礎問題精講」51「三角形の重心、外心、内心、垂心」から54「メラニウスの定理」までの例題のみを解く。

嫌な予感が的中だ。51は「重心、外心、内心、垂心の定義を述べよ」というシンプルな問題。早くも忘れてしまったので、もう一度「初めから始める数学A」の該当部分をよく読む。なにか自分のものになっていないふわふわした感じだ。

54「メラニウスの定理」の(2)の面積比を求める問題は「精講」(つまりヒント)を見た。ややこしい答えになったので不安だったが、なんとかできた。よかった。

 

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「新美南吉は『ごんぎつね』だけじゃなかった。こんなにいい作品を知らなくて申し訳ない。」 早稲田大学高等学院中学部(2016年国語)+134日目~135日目(日本史、化学)

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新美南吉というと「ごんぎつね」の作者だというイメージだ。その「ごんぎつね」のストーリーもうろ覚えだったので、改めて確認してみた。いたずら好きの狐のごんは、兵十が川で取った魚やうなぎを逃がしてしまう。その数日後、ごんは兵十の母親の葬式を見かける。あのうなぎは病気の母親に食べさせるためのものだったのだ。ごんは反省し、罪悪感から松茸や栗を兵十の家の前に届ける。しかしある日、ごんの気配を感じた兵十は、ごんがまたいたずらをしているのかと思い、ごんを鉄砲で撃ってしまう。なんだかかわいそうな童話なのだ。

だが、新美南吉は「ごんぎつね」だけではなかった。大正2年に半田市に生まれた童話作家はすばらしいストーリーテラーだった。

早稲田大学高等学院中学部(2016年)出典:新美南吉「川」

晩秋のある日、音次郎が持ってきた柿を商品として、徳一、久助、兵太郎の三人が、冷たい川の中にどれだけ入っていられるか競争する。徳一と久助は音をあげて川から出たが、兵太郎は最後まで川の冷たさに耐える。しかし川に漬かりっぱなしの兵太郎をからかうように、徳一と久助は、音次郎とともに商品の柿を食べてしまうのだ。兵太郎は怒るが、川の冷たさで具合も悪くなり歩けなかったため、徳一は兵太郎を背負って帰る。

次の日から兵太郎は学校に来なくなってしまう。久助は昨日のことが心に重くのしかかってくる。徳一も音次郎も兵太郎の話題は口にせず、いつもと変わりなくふるまっている。だがひょんな振る舞いから、久助は、徳一も音次郎もじぶんと同じ心配を抱えていることを知る。

兵太郎は何か月も学校に来ない。この時の久助の心の動きの描写が絶妙なのだ。みんな平気そうにふるまうので、それが当たり前のように思えたり、先生に自首すべきだろうかと悩んだり。冷たい川のなかに入っただけで死んでしまうなんて、人間はみじめでつまらないものだと思えたり。久助の心は悲しみでいっぱいになり、ついにはくたびれきってしまう。新美南吉は1943年(昭和18年)に29歳で亡くなったそうだ。昭和18年というとずいぶん昔の人のように思えるが、この話の久助の心理描写はこれっぽっちも古くさくない。「その気持ちわかる、わかる」と何度も頷けるのだ。

ところがこの話は、最後まではここに書かないが、実にさわやかな終わり方をする。読み終えて、胸がじんわりと温かくなった。新美南吉に会わせて下さった早稲田大学高等学院中学部の国語の先生に、ありがとうとお礼を言いたい。

 

◎勉強日記

<日本史>

「石川の日本史B実況中継②」第27回「経済の発展と戦国大名」を読む。赤字部分をノートに取りながら流れを理解するようにする。

室町時代、戦国時代は、しっかりと経済が発展していく。なぜ戦争が絶えなかったのに経済が発展したのだろうか。経済が発展していくためには国家がしっかりしていないとダメだと思うが、戦国大名の支配下にあった国はそれなりに治安がよかったのだろうか?

戦国大名は独占的、排他的な同業者組合の「座」を否定して、楽市楽座という自由な商売の振興策を取った。中世の大山崎油座とやらは、荏胡麻の売買を独占しただけでなく、税金も免除だ。大山崎の神人以外の人間が油の売買をやっていたら、油の器を叩き壊してもいいという。利権を守るために暴力を使ってもいいなんてむちゃくちゃだ。これを戦国大名が否定してくれたというから胸がすく。

でもたくさんの国がありすぎてわけがわからない。朝倉氏の一乗谷には行ったことがある。車で行ったが、どこまで行ってもたどり着かない山の中だった。日本百名城のひとつなのに、ここに行ったときはまだスタンプを集める前だった。スタンプを押しにもう一度行かなければ。

   ↓

問題集「教科書よりやさしい日本史ノート」32「中世の農業・商工業の発達」と35「戦国大名の登場」の穴埋め問題をやる。近世までもうすぐだ。

 

<化学>

「宇宙一わかりやすい高校化学(理論化学)」10-8「イオン結晶(NaCl型)」と10-9「イオン結晶(ZnS型)」の解説を読み、確認問題を解く。

だんだん慣れてきた。同じ表を使って同じような比の計算をしているので、金属結晶と大して変わらない。ZnS型の複雑な形には少し戸惑ったが、なんとかわかったような気がする。ダイヤモンドCやケイ素SiはZnS型構造を取る。覚えておこう。

 

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「櫛挽の技が、考え方の違う人間たちをひとつにまとめあげていく世界」 読書ノート 木内昇著「櫛挽道守」+132日目~133日目(世界史、数学A)

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木内昇著「櫛挽道守」集英社文庫

「くしひきちもり」と読む。この本は桜蔭中学校の入試問題で知った。時代は幕末。木曽山中の藪原宿で、神業の腕を持つ櫛職人の父親を師と仰ぎ、女性でありながら櫛挽に生涯をささげた「登瀬」の物語だ。ここで登場する「お六櫛」はただの櫛ではない。「たった一寸の幅におよそ三十本も挽かねばならない」のだ。およそ3センチに30本の歯ということになるが、これを挽くのは並大抵ではないだろう。

職人が技に打ち込むときのぴんと張り詰めた空気。木の匂いや櫛挽の音が伝わってきて、のっけからあっという間に引き込まれる。

そしてストーリーが抜群に面白い。「いったいどうなるのだろう」の連続だ。例えば、実幸という男が、登瀬の父の腕にほれ込んで弟子入りしたいと家に転がり込んでくる。この男は江戸で遊学していただけあって、着こなしから立ち振る舞いまですべてが垢ぬけている。櫛挽の才能もあるのに加え、世情に詳しく商才もある。だが、櫛に対する考え方が登瀬と全く違うのだ。実幸はお六櫛の片手間に「子供騙し」の飾り櫛を作って売ろうとする。一流のものがわかるのは一握りの人間だ。大多数は安っぽい飾り櫛でもきれいならば満足するのだ。片手間に飾り櫛を売れば、生計が楽になるのではないかと。

ところが登瀬はこの考え方に我慢できない。村一番の櫛挽がそんな櫛を扱ったとあれば名折れになる。愚直に櫛を挽き続けてきた父親を愚弄されている気持ちにもなる。

いったいこのふたりはどうなるのか?実はこの反りのあわないふたりが、反りの合わないまま夫婦になるのだ。登瀬と実幸だけではない。村から早く出ていきたいと願う妹といい、世間体を気にする母親といい、この本の登場人物はみんなバラバラな方向を向いている。ところがそれぞれが違う拍子をたたきながら、櫛挽という職人技を中心に、ゆるやかにひとつにまとまっていく。

最後は素直に感動して、とにかく泣けた。藪原宿にいつか行ってみたい。

 

◎勉強日記

<世界史>

「青木の世界史B実況中継②」第27回「中国史(5)宗とその周辺民族の興亡」の赤字部分をノートにとりながら、流れをつかむことを心がけて読む。

国史は漢字の難しさもさることながら、一番面倒なのは「周辺民族の興亡」部分だと思う。遼だの西夏だの金だの、いったい何が何やら。遼を建国したモンゴル系民族の契丹(キタイ)、西夏を建国したチベット系民族のタングート人、金を建国したツングース系民族の女真族と民族系統もばらばら。建国者の名前も耶律阿保機だとか完顔阿骨打とか当て字がむちゃくちゃだし、金の「猛安・謀克制」も、本当は300戸につき100人を兵隊として出させるルールに過ぎないのだが、漢字だけ見るとなんだか空恐ろしいイメージがわきあがる。

ただし、遼の征服王朝という二重統治体制は興味深かった。自らの故地には遊牧民、中国本土には農耕民。むりやり他の民族を自分たちに同化させるよりはうまくいきそうだ。

宋代の文化史もあるので、今回もボリュームがある。朱子学の祖、朱熹が登場する一方で、陽明学の祖である陸九淵も登場する。陸九淵の思想が王陽明につながっていく。

   ↓

問題集「ツインズ・マスター」24「トルコ化とイスラーム化の進展・東アジア諸地域の自立化Ⅰ」の9~19、25「東アジア諸地域の自立化Ⅱ」のすべての穴埋め問題をやる。

 

<数学A>

「初めから始める数学A」第3章「図形の性質」10th day「同位角・錯角、中点連結の定理」の解説を読み、練習問題を解く。

今日から新単元だ。図形が終われば数学ⅡBに入れる。同位角・錯角は中学校でやったはずなのだが、どうもおぼつかない。ふたつの三角形が相似になる条件も忘れかけている。解説を注意深く読むことにする。中点連結定理も、内角の2等分線と辺の比も、わかりやすい証明が書いてあるのでとてもありがたい。こういう証明は、社会人になると忘れている人も多いだろうから、何かの機会に人に説明できるとカッコいいかも・・・と妄想しながら覚える。

   ↓

問題集「基礎問題精講」50「円周角」の例題のみを解く。

図形は苦手なので、問題に出てくる図形は手書きでノートに写すことにしている。そうしないとイメージがわかない。証明問題は模範解答と比べると、いつも何行か多く余計なことを書いている。これも慣れでどうにかなるものなのだろうか。

 

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「様々なものを失い続けるだけの人間というものを、力強く肯定してくれる物語」 村上春樹著「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」(上・下)+130日目~131日目(化学)

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村上春樹著「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」(上・下)新潮文庫

数日前、読書ノート「知恵と慈悲<ブッダ>ー仏教の思想1」で、仏教は人間の有限性の不安に向き合った宗教だと書いた。どんなに楽しい時も永遠には続かない。人間は時の流れの中で、若さだとか、分かり合えた人だとか、さまざまなものを失い続けていく。そして死んでいく。そう考えると、この世で生きて年を取り続けることはろくでもないことのように思えてしまう。

ところが、こんなろくでもない人間を力強く肯定してくれる小説がある。それが「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」だ。読者も多いだろうから、あらすじは省く。それよりも、一番心を打たれたことがらをここに書いておきたい。それは、失い続けるだけのろくでもない人間というものを、村上春樹が肯定してくれていることだ。

主人公の「私」は「計算士」として働いている。離婚をした。家族はいないし、親しい友だちもいない。普通に仕事をして、普通に家に帰って、酒を飲みながら好きな音楽を聞いたり本を読んだりする日々を過ごしている。ところが「私」は、「老博士」に思考回路をいじられたために、現世での意識をなくし、永遠に死なない世界へと行かなければならない羽目になる。

「私」は憤然として「老博士」に訴える。自分はつまらない人間かもしれない。でもこの世界にいた方が落ち着くのだと。理由はわからないけれど、嫌いなものもたくさんあって、気に入ったものもたくさんあるこの世の中にそれなりに満足していたのだと言い張るのだ。

「いいですか、僕という人間が虫めがねで見なきゃよくわからないような存在であることは自分でも承知しています。昔からそうでした。学校の卒業写真を見ても自分の顔をみつけるのにすごく時間がかかるくらいなんです。家族もいませんから、今僕が消滅したって誰も困りません。友だちもいないから、僕がいなくなっても誰も悲しまないでしょう。それはよくわかります。でも、変な話かもしれないけれど、僕はこの世界にそれなりに満足してもいたんです。・・・(中略)・・・どこにも行きたくない。不死もいりません。年をとっていくのはつらいこともあるけれど、僕だけが年とっていくわけじゃない。みんな同じように年をとっていくんです」(下巻 128~129ページ)

「私」は、自分の失い続ける人生を振り返る。でも何をどうあがいても、結局は同じ場所に戻ってしまう自分を感じている。なぜって、それが自分自身だからだ。

しかしもう一度私が私の人生をやり直せるとしても、やはり私は同じような人生を辿るだろうという気がした。なぜならそれが  その失い続ける人生が  私自身だからだ。私は私自身になる以外に道はないのだ。どれだけ人々が私を見捨て、どれだけ私が人々を見捨て、様々な美しい感情やすぐれた資質や夢が消滅し制限されていったとしても、私は私自身以外の何ものかになることはできないのだ。(下巻 277ページ)

そして、「人はそれを絶望と呼ばねばならないのだろうか?」と続くのだ。自分の自我に見合うような「有益な人生」とやらを送れないことは絶望なのだろうか。年をとり、様々な人と別れ、いつか死んでしまうことは絶望なのだろうか。この場面での問いかけほど胸を熱くするものはない。

もちろん、この小説は様々な読み方ができる。「ハードボイルド・ワンダーランド」に登場する「やみくろ」や「世界の終り」の「影」や「一角獣」の意味するものとか、あれこれ謎解きを始めたら止まらないだろう。ストーリーそのものも面白い。計算士の「私」が、部屋を荒らされたり腹を切られたりと、どんなに理不尽な目にあわされても平然と受け入れてしまうところも好きだ。

好きすぎて語りつくせない。素晴らしい小説だと思う。

 

◎勉強日記

<化学>

「宇宙一わかりやすい高校化学(理論化学)」10-4「金属結晶(六方最密構造)」から10-7「イオン結晶(CsCl型)」までやる。解説を読み、例題があるときはそれを解いてから確認問題をやる。

六方最密構造と面心立方格子の充填率は約74%。構造は同じで、切り取り方が違うだけ・・・ということでいいのだろうか?「フェルマーの最終定理」に出てきたのはケプラー予想だ。面心立方格子は、球体をもっとも密に充填できる。しかし証明がなされていないので「定理」ではなく「予想」に過ぎないとか。他の本で読んだことは、意外と素直に頭に入る。

しかし、イオン結晶にはとまどう。基本的には金属結晶と同じだが、各イオンごとの数を考えなければいけないのが面倒だ。少し違うことがでてくるとすぐにとまどってしまう。イオンがどうしても好きになれないが、仕方ない。

確認問題の計算はまずまずできた。少々面倒くさいが、ゆっくりやればできる。有効数字の出し方に気を付ける。別冊P69(7)の解答は誤植か?「単位格子の体積」→「1つの六角柱の体積」ではないだろうか。ちょっと偉そうに言ってみた。

 

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水戸ホーリーホックvs鹿島アントラーズ いばらきサッカーフェスティバル2017@ケーズデンキスタジアム+128日目~129日目(日本史)

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水戸ホーリーホックはシーズン序盤がダメでも、終盤にはものすごくいいチームになっている。去年もいい試合をたくさん見せてもらった。これを来年も続ければ・・・と思うのだが、水戸はいい選手を輩出しても、すぐに他のチームに抜かれてしまうので同じサッカーの継続が難しい。毎年新しい顔ぶれではじめからチームを作り上げなければならないのだ。J2の宿命とはいえ、水戸の監督は大変だと思う。

 さて、昨日はクルマを飛ばして水戸にプレシーズンマッチを見に行ってきた。メインスタンドの前に多くの屋台が出ていてわくわくしてしまう。水戸はどんなサッカーを見せてくれるんだろう。J1王者鹿島に勝ったらどうしよう。サッカーは番狂わせが多いから、もしかしたら勝てるんじゃないだろうか。などと、いろいろ考えながら観客席にスタンバイする。現実はそんなに甘くはなかったが。(0-3で負けた。)

水戸は前にボールが運べず、ものすごく苦労していた。前線で左MFの湯澤しか動いていないとか、FW林がボールを落としてキープしていても誰も拾いに行かないとか、誰が悪いというわけではなく、なにか全体的にちぐはぐな感じがした。ボランチもボールの出しどころがなくてバックパスをするしかない。失敗してもいいから、もっと仕掛けてくれ!

たとえば右SBの田向だ。ひとりでもふたりでも相手を抜き去っていく力強さが大好きだ。去年清水戦で見せたあの動きが見たい。でも昨日は右からの攻撃はほとんどなく、田向の良さはほとんどわからなかった。左ばかりで攻撃を組み立てていたので、右はバランスを取って上がれなかったのかもしれないけれど、ちょっと物足りない。両サイドからガンガンいったら迫力が増すと思うのだが。

後半はワントップに前田を置き、3バックを試したら、一気に守備が崩壊した。プレシーズンマッチなのでいろいろ試しているのだろうけど、3バックだけはないかもしれない。

と、素人考えであれこれ考えながら、それでも試合は楽しかった。水戸はキャンプが終わったばかりなのか、体が重そうだった。そんな中で試合をやるということも課題のひとつだったのだろうか?開幕戦までにはいいチームに仕上がっていますように。

 

◎勉強日記

<日本史>

「石川の日本史B実況中継」第26回「応仁の乱一揆」を赤字部分をノートに取りながら読む。

以前にも書いたが、「一揆」というのは農民のお上に対する反乱行動「だけ」を指すことばだと思っていた。特定の目的をもって一致団結した共同体そのものを指すことばだとは思いもよらなかった。この回はさまざまな一揆が登場するが、中でもすごいのが「加賀の一向一揆だ。この日本に加賀という独立国が存在した。しかも100年間も独立を保った。「百姓の支配する国」なんてなかなかダイナミックだ。加賀の一向一揆織田信長に屈服するらしいが、加賀では信長は人気がなかったりするのだろうか?

「山城の国一揆もすごい。応仁の乱で争っていた畠山政長畠山義就を自分たちの共同体(南山城)から追い出してしまう。自分たちの土地で戦争なんてするな。ふたりとも出て行ってくれ。畠山氏が両方とも出て行ってくれた時は、胸のすくような思いだっただろう。

将軍家の話も興味深い。足利義教はかなりエキセントリックな性格だったのだろうか。「万人恐怖」と言われるとは、よほど恐ろしい政治を行った人間だったのだろうか。

   ↓

問題集「教科書よりやさしい日本史ノート」30「幕府の動乱と応仁の乱」31「一揆の時代」の穴埋め問題をやる。農民はよく応仁の乱や戦国時代を生き延びたものだ。こういうことにひたすら感激してしまう。

 

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「元ネタの小説が読みたい!ぽんたを書店に走らせた入試問題」桜蔭中学校(2015年国語)+127日目(数学)

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読書の偏りを補うべく、中学入試の問題集(国語)を読むことにしたことは以前書いた。やる順番はどうでもいいのだが、とりあえず偏差値の高い中学校から読み進めることにした。でも偏差値が高いからといって、心躍る文章に出会えるとは限らない。小学生が読めなければ意味がないから出題範囲も限られてくるだろうし、入試問題だから文章も短く切り取らなければならない。出題者の先生方も頭を悩ませているのだろう。

ところがついに、ぐっと引き付けられる文章に出会った。水や空気の冷たさが伝わってくる。陽のまぶしさで目を細めてしまう。木の匂いもする。描写に迫力があったので、元の小説がどうしても読みたくなり、すぐに書店に買いに行った。

桜蔭中学校(2015年)出典:木内昇『櫛挽道守』(集英社

「くしひきちもり」と読む。時代は幕末。(ちなみに、時代背景が幕末だということは問題文からはわからない)

舞台は「藪原宿」という中山道の宿場町だ。主人公の登勢(とせ)は、櫛職人吾助を父に持つ。櫛挽は男の仕事だ。だが、登勢は櫛挽の仕事に心を奪われる。同時に、父が櫛を挽いている姿に身の引き締まる思いや畏れを感じてもいる。

そんな登勢の元に縁談の話が舞い込む。吾助と妻は承諾する。だが、登勢は明らかに櫛挽の素質がある。吾助も十分わかっている。しかし、時代が登勢を櫛挽の世界に入ることを許さないのだ。いったいこれからどうなるのだろうと思わせるところで、なんと問題文が終わってしまう。そりゃないよ、と思った。入試問題は短すぎる。

幕末の時代を描いた小説はたくさんある。そのほとんどが坂本龍馬桂小五郎など明治維新を推し進めた「英雄」を描いたものだ。だが私は、幕末に普通の人々がどう生き延びたのか興味があった。だから普通の人々について書かれたものがずっと読みたかった。職人の世界にも憧れる。読んだらすぐに読書ノートにあげるつもりだ。

男性のような名前だが、木内昇さんは女性だ。読書家にとっては有名な存在らしいが、私は知らなかった。楽しみで仕方ない。すぐに読もう。

 

◎勉強日記

<数学A>

「初めから始める数学A」9th day「n進法と合同式」の解説を読み、練習問題を解く。10進法に慣れ過ぎているので、10進法で表記するのが当たり前のように考えていた。しかしよくよく考えてみると、1から10までの数字を使えば、どんな自然数も表記できるなんて素晴らしいことだ。人間は手の指が10本だから10進法を使い、コンピューターはオンとオフの2種類しかないから2進法を使っているという説明に納得した。

n進法の計算はすんなり入れた。2進法同士の計算で1+1=10だの、10-1=1だのにほんの少し戸惑ったが、慣れると意外と面白い。

分数の小数表示で、「既約分数の分母の素因数が2と5のみであるとき、この既約分数は有限小数となる」という条件もなるほど、だ。言われてみれば確かにそうなるような気がする。もっとも数学のスペシャリストはこんなあいまいなことは言わず、ささっと証明するに違いない。

合同式は例題がなくて、わかったようなわからないような感じだ。こちらの方はあまり頭に入らなかった。

   ↓

問題集「基礎問題精講」91「2進法」から97「ガウス記号(Ⅱ)」までの例題のみを解く。ガウス記号は、この問題集で初めて見た。またしてもわかったようなわからないような、もやもやした状態だ。(ということは、たいして理解できていない)

ガウスは「フェルマーの最終定理」に登場した数学者だ。フランスの女性数学者ソフィー・ジェルマンはガウスを師と仰ぎ、ガウスとの文通から多くのインスピレーションを得た。女性が数学を志すことに偏見を持たれていた時代、ソフィーにとってガウスとの文通は心の支えだった。それなのにガウスは数論から他の数学の分野に興味を移し、ソフィーの手紙に返事も書かなくなってしまうのである。どうもそれ以来、「ガウスは冷たい男だ」と思うようになった。

だからガウス記号も頭に入らないのだ。というのは冗談だが。

 

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