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こだいらぽんたの「基礎学力」勉強日記

基礎学力(高卒程度)を身につけたい。読書も旅もしたい。フットボールも見たい。

読書ノート 村田沙耶香「コンビニ人間」 世の中を生きづらいと思っているならこんな生き方もある(40日目~41日目)

読書ノート

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村田沙耶香「コンビニ人間」(文藝春秋

友人から借りた一冊だ。あっという間に読んでしまった。主人公の古倉恵子は36歳未婚女性。大学一年生の時からずっとコンビニでアルバイトをして現在にいたる。この設定から、「主人公が社会からの疎外感を感じて様々な屈託を抱く息苦しくてかわいそうな物語」を想像してしまうが、読んでみると全然違っていた。恵子本人は「親に心配かけて悪いな」と思うこともないわけではないが、根本的には自分の状況を何とも思っていないのだ。他人が自分をどのように見ていようが気にならない。何を言われようが怒りも劣等感も感じない。それどころか、社会の歯車として生きる「コンビニ人間」として居心地の良さを感じている。

ところが、周囲の人間たちは「まともな就職もせず、結婚もしておらず、しかも彼氏さえいないのは『普通』ではない」と心配する。親も妹も「どうしたら『治る』んだろう」、つまりどうしたら恵子が「普通」になるのだろうか、と気にかけている。

私が気になったのは、恵子がよく一人暮らしでやっていけるなということだった。6畳一間で布団は敷きっぱなしの部屋に住んでいるらしいのだが、風呂や台所は共同ではない。東京のコンビニだと時給がだいたい950円。1日8時間、一週間5日間働いたとして、一ヶ月の収入が152000円だ。交通費は出ない。健康保険とか年金とかどうなっているのだろう?恵子の働いている「スマイルマート日色町駅前店」がどこにあるかはわからないが、オフィス街で地下鉄も走っているというから、かなりの都会のはずだ。家賃の高い都会でよく生活できるものだと、そればかり気になっていた。しかも親兄弟の援助もあてにしていない。「結婚できたら生活も楽になるのに」という打算で婚活をするわけでもない。誰に寄生するわけでもなく自活しているのだから、その点かなりえらい。

「私はコンビニ店員という動物なんです。その本能を裏切ることはできません」

「私は人間である以上にコンビニ店員なんです。人間としていびつでも、たとえ食べて行けなくてのたれ死んでも、そのことから逃れられないんです。私の細胞全部がコンビニのために存在しているんです」

開き直っているわけではなく皮肉でもなく、心底そう思っているのだ。これからもっと年をとって、病気やけがで働けなくなって、貧困のどん底に突き落とされてホームレスになったとしても、それが自分なのだからかまわないのだと。この突き抜けた考え方がすごい。

ところが唯一、この恵子が他人のことを気にする場面がある。予定調和の暮らしのなかで生きていたはずのコンビニ店員の仲間たちが、「人間らしい側面」を見せたときだ。彼らは恵子の彼氏(ではないのだが)を誘い出して「一緒に飲もうよ!」と嬉々としてはしゃぎだす。恵子の彼氏を叱ってやろうとか、からかってやろうとか、浮き浮きと会話を始めたとき、恵子は違和感を覚える。みんな自分と同じ細胞だと思っていたのに、社会の歯車としての「店員」だと感じていたのに、いつの間にか「ムラのオスとメス」になっていることに不気味さを感じる。

人間を「機能」「歯車」として突き詰める自己防衛の方法も悪くない。どうしても「普通」に生きられなくて疎外感を感じている人は少なくないはずだ。恵子は何かが欠落しているのかもしれないけれど、自分を「コンビニ人間という動物」だと定義することで生きづらい世の中を何とか生き延びてきた。自分がそのようにしか生きられないならそうすべきだし、死んでもやりたくないことはやるべきじゃない。その意味で、このぶっ飛んだ主人公の生きざまは興味深いと思った。

 

他の人はどのように読んだのだろうか。さまざまな読み方ができる小説はいい小説なのだろうと思う。

勉強も進めているが、読書ノートを書くのに少し時間がかかってしまった。勉強日記はまた後日書こう。

 

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