読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

こだいらぽんたの「基礎学力」勉強日記

基礎学力(高卒程度)を身につけたい。読書も旅もしたい。フットボールも見たい。

「時間とは何か?神は天地を作る前は何をしていたのか?」 読書ノート アウグスティヌス「告白Ⅲ」+45日目~46日目(世界史、数学)

読書ノート 勉強日記 世界史 数学

f:id:kodairaponta:20161120170333j:plain

アウグスティヌス「告白Ⅲ」(山田晶訳 中公文庫)

最終巻「告白Ⅲ」は哲学的な要素が入ってきて、突然難しくなる。私の読解力(および基礎知識)では理解できないところも多い。それにしても、1600年前によくも「時間とは何か」という問いをたてられたものだと驚嘆する。

 

1.神は天地を創造すると同時に、時間も創造した

「神は天地を創造する以前は、何をしていたのか?」という問いに対して、アウグスティヌスは「何もしていなかった」と答える。そんな答えでいいのか?と心配になるほどあっさりしているが、そこには時間に対する考えがある。

「天地の存在する以前には時間も存在しなかったとすると、『そのときあなたは何をしていたか』などと、どうしてたずねるのでしょうか。時間がなかったところには、『そのとき』などもなかったのです」(35~36ページ「告白Ⅲ」)

それでは時間とは何なのか。過去、現在、未来とは何なのか。過去はすでになく、未来はまだここにない。現在はあっという間に過ぎ去ってしまう。それなのに、どうやって時間を測ることはできるのか。

「過去についての現在とは『記憶』であり、現在についての現在とは『直観』(ここでは文字通り、目の前のものを直接見つめること)であり、未来についての現在とは『期待』です」(52ページ「告白Ⅲ」)

「ですから長いのは未来の時ではありません。未来の時は『ない』。長い未来とは、未来についての『長い期待』にほかなりません。長いのは過去の時でもありません。過去の時も『ない』。長い過去とは、過去についての『長い記憶』にほかなりません」(75ページ「告白Ⅲ」)

「いくつかの方向への分散状態が私の生命なのです」(77ページ「告白Ⅲ」)

つまり、過去と現在と未来について気が配られている「人間の心のありよう」が「時間」だというのだ。(読解力に自信がないので誤読しているかもしれないが、たぶんそう言っていると思う。)

わかったような、わからないような。たとえば、何かの原因で地球上の全人類が絶滅したら、時間も消滅するのだろうか。時間が人間の精神の中にあるとしたら、そういうことになりそうだが・・・なんだか不思議な気持ちになる。

興味深いのは、アウグスティヌス占星術による占いを完全否定していることだ。占いがあたるのは偶然にすぎないというのだ。未来は「まだない」のだから、見ることができない。しかし「こうなってほしいな」と「期待」することはできる。占い師の「期待」によって占いは成り立っているのだろうか?

占いと宗教はまったく別物らしい。なぜだかわからないが、このことは心に残った。

 

2.山田晶先生に教わった「書物と格闘するということ」

「告白Ⅲ」の巻末には山田晶先生の解説「教父アウグスティヌスと『告白』」が載っている。この解説文の初めに、山田先生の自伝的記述が書かれているのだが、これを読んで心が揺さぶられた。

「京大にはいって、はじめて訪れた哲学科の書庫で、まず借り出したのが、アウグスティヌスの『告白』だった。その日から翌昭和十八年の十二月、いわゆる学徒出陣で海軍に入隊する日まで、ほとんど毎日のように学校にかよってこの本を読んだ。高校時代に独習したラテン語と、辞書と訳書をたよりに、強引に読みすすんだのだった。当時の京大の構内は、いまよりも静かだった。閲覧室は午後九時まであいていた。夜など、だれもいない部屋で本を読んでいると、静けさがはらわたにしみわたっていくようだった」(290ページ)

「しかしその静けさは、平和の静けさではなく無為の静けさでもなかった。それは不気味な静けさだった。海や陸では死闘がくりひろげられ、多くの人々が血を流していた。自分たちは大学生の特典で兵役を延期されていたが、いつ兵役にとられるかわからなかった。

そういう状態で勉強できるこの時間は、まことに貴重だった。未来に希望がなかったから、今この一瞬の勉強に、全生命をかけた。私の心はまさに『暗い中世』だったのだ。暗さの中に、一条の光明を求めていたのだ。しかしこの現実から逃げようとは思わなかった。許されるあいだ勉強しよう。征(ゆ)く日がきたらいさぎよく征こうと思っていた。その日は思いがけず早くきたが、残念とは思わなかった。私はそれまで続けてきた研究ノートに『生きてかえれたらまたつづけよう』と書いた。何の未練もなかった」(293~294ページ)

周囲を取りまく静けさが迫ってくるような気がした。同時に、真剣に書物と向き合うということはこういうことなのだ、とも思った。いつ戦場に駆り出されて、明日死ぬかもしれない。そんなぎりぎりの状況の中で、命がけで取り組む学問は、役に立つとか立たないとかそんなものを超えている。

おそらく、山田先生が学問に全生命をかけたのは「ほんとうのことが知りたい」からだ。そのために、この難解な書物と真剣に格闘し、真剣にアウグスティヌスと対話したにちがいない。この静かな文章からそれが伝わってきて、涙が出そうになった。

山田先生。私をアウグスティヌスに会わせて下さって、本当にありがとうございます。

 

◎勉強日記 

<世界史>

「青木の世界史B実況中継」第14回「中国史(3)」を読む。

吉川英治の「三国志」が好きで「魏・蜀・呉の時代ならわかる!」とはりきって取り組んだ。でも三国時代は一瞬で終わってしまった。

その三国時代より、北魏の孝文帝が行った「漢化政策」に度肝を抜かれる。鮮卑人が北魏という国を中国のど真ん中に建てた。しかし、なんといっても支配される側の漢民族のほうが圧倒的多数というわけで、なんと支配者側の鮮卑の方が自らのことばや文化を捨てて、漢民族になってしまうという政策だ。こんなことがよくできたものだと感心する。

   ↓

問題集「ツインズ・マスター」13「北方民族の活動と中国の分裂」の穴埋め問題。

「九品中世」と「郷挙里選」がごっちゃになっている。時代が違うのに!

 

<数学>

「初めから始める数学Ⅰ」14th day「正弦定理と余弦定理」を読み、例題を解く。

余弦定理の公式の証明が意外と面白い。じっくりと読んでしまった。練習問題33(2)も解けた。「これが解ければ、偏差値50程度にはなっている」って。やった!(笑)

   ↓

問題集「基礎問題精講」76「正弦定理・余弦定理」、81「三角形の面積」、83「内接円の半径(Ⅰ)」から85「円に内接する四角形」の例題のみやる。(途中の見たことがない問題はとばした。)

「ヘロンの公式」という見たことのない公式が出てきた。証明も何にも書いてないので、なんだこれ?という状態になる。しかし、とても便利なので使うことにする。


それと、最後に。

清水エスパルス、J1昇格おめでとう。

 

にほんブログ村 主婦日記ブログ 勉強している主婦へ
にほんブログ村