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こだいらぽんたの「基礎学力」勉強日記

基礎学力(高卒程度)を身につけたい。読書も旅もしたい。フットボールも見たい。

「奥深いけどふざけてる。こんな風刺本、誰にも書けない!」 読書ノート ラブレー著「ガルガンチュアーガルガンチュアとパンタグリュエル1」(宮下志朗訳)+(100日目~103日目)

読書ノート

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ラブレー著「ガルガンチュアーガルガンチュアとパンタグリュエル1」(宮下志朗訳 ちくま文庫

 

「題名は知られているが、意外と読まれていない名作シリーズ」。今回はフランス・ルネサンスを代表する作家、フランソワ・ラブレー著「ガルガンチュアとパンタグリュエル」を読んでみた。この長編小説は全5巻なのだが、なんと3巻だけが在庫切れ。なぜこんなことが起こったのだろうか。まさか、3巻だけが飛ぶように売れたのか?仕方がないので3巻は飛ばし、1、2、4、5巻を読んだ。早く増刷してほしい。

さて、第1巻は巨人王「ガルガンチュア」の物語だ。いやいや、びっくりした。この「世界的名作」は「うんこおしっこ大魔王」の物語なのだ。ガルガンチュアはのべつまくなしにうんちをしているし、おしっこをすれば大洪水になって多くの人が溺れ死ぬし、いかにも小学生が喜びそうな描写が続く。

「ブラゲット」というものがあったことも初めて知った。中世の貴族は布でできたペニスケースで股間を覆っていたのだ。幼年時代からガルガンチュアはブラゲットを使っていた。子守女たちはそれを「サンゴの小枝ちゃん」「わたしのしこしこ、びんびんちゃん」「私の赤いソーセージちゃん」などと呼び、「これはわたしのものよ」「いいえ、わたしのよ」と口々に言い合うのだ。

ところが宮下志朗先生の注釈を読むと、当時のキリスト教社会をおちょくったきわどい風刺がちりばめられていることがわかってくる。ソルボンヌ大学の学者連中が不潔極まりなかったとか、修道士が不勉強で無知だとか、教会裁判所の判事がすぐに賄賂に手を出すとか、修道院が牢獄みたいだったとか。

特に、最後に出てくるテレーム修道院の描写は、あぶなかっしくてどきどきする。小さな村の小競り合いが大戦争に発展したピクロコル戦争にガルガンチュア軍は勝利する。そこで大活躍した恩賞として、ジャン修道士は、自分が作りたいと考えていた「テレーム修道院」の設立を許可される。この修道院はほかの修道院とは正反対なのだ。

ここに入る修道院の女性は、美女でスタイルもよく気立てがいい。男性は美男でかっこよくていい性格の男性しか入れない。男女を問わず、好きな時に足を洗うこともできる。結婚もできるし、財産も持てる。

現実の修道院はその正反対だというのだから、どうしようもない人間どもが集う刑務所のようなところだったということなのか。ラブレーはここまで書いて、よく異端の罪で火あぶりにならなかったものだ。(実際、第1巻、第2巻、第3巻は発禁処分になったらしい)

ところで、第1巻で一番面白かったのは、ガルガンチュアが「高貴なお尻ふきのふきかた」を考案するところだ。ここでガルガンチュアは「うぶ毛でおおわれたガチョウのひなにまさる尻ふき紙はない」という結論を出すのだが、ある研究者によれば、これはミケランジェロの「レダと白鳥」をパロディではないかという。

ミケランジェロの「レダと白鳥」。絵画に疎い私は、さっそくネットで調べてみて大笑いした。全裸の女性が白鳥を股の間にはさんでいる絵。これが尻ふき紙って!ラブレー先生にかかれば、ミケランジェロも形無しである。(笑)

というわけで、単なる「風刺の書」として肩ひじ張って読むのはもったいない。きちんとした筋書きもあるので、物語としても、当時の風俗を知る意味でも、普通に楽しめる本だ。

読書ノートは第2巻に続く。第2巻からはガルガンチュアの息子である「パンタグリュエル」の物語だ。

 

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