こだいらぽんたの「基礎学力」勉強日記

基礎学力(高卒程度)を身につけたい。読書も旅もしたい。フットボールも見たい。

「現実と向き合おうとしない夫と、自分と他者の違いを認識できない妻と」 読書ノート フローベール著『ボヴァリー夫人』(芳川泰久訳)237日目~238日目

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フローベール著『ボヴァリー夫人』(芳川泰久訳 新潮文庫

ボヴァリー夫人』とは、田舎医者シャルル・ボヴァリーに嫁いだエンマのことだ。彼女は恋愛小説が大好きで、情熱的な恋愛に憧れているのだが、現実の結婚生活は凡庸な夫との退屈な田舎暮らしに過ぎなかった。エンマは地主で遊び人のロドルフや青年書記のレオンと、次々に不倫関係に陥り、買い物依存症で莫大な借金を作ったあげく、ついには砒素を飲んで自殺してしまう。エンマの精神の壊れっぷりがすさまじい。

「凡庸な夫」というのはエンマの視点であって、どう見てもシャルルは「凡庸な夫」ではない。医者としての腕は上々。貧しい人たちの治療費をすぐに取り立てない寛大さもある。偉そうにふんぞり返るところもない。親の財産を当てにすることもなく、田舎町で立派に生計をたてている男のどこが「凡庸」なのか?

ところがエンマはシャルルを憎悪しているのだ。食べ方が汚いだの、椅子で雑誌を広げたまま居眠りしていてだらしがないだの、とにかく生理的にイヤ。野心のかけらのないところもイヤ。仕草にまでいちいちケチをつけていたら夫がかわいそうだと思うのだが、イヤなものはイヤなのだ。

一方、シャルルはエンマを幸福にするためなら何でもしてあげようとする夫だ。だが、妻が自分を裏切っているという現実を見たくないために、自分にとって傷つかない方向へ何でも解釈してしまうところがある。たとえば青年書記レオンとの逢瀬を楽しんで、エンマが帰ってこなかったことがある。心配するシャルル。ところが朝帰りをしたエンマは「私、気分が悪くなって、ランプールさんのところで休んでいたのよ」しれっと言う。それを聞いて「きっとそうだと思った!」とシャルル。「きっとそうだと思った」とはどういうことだろうか?思っていなくても、傷つきたくないから無理やり思い込んでしまう。シャルルはエンマと真正面から対決することを恐れているのだ。

そしてエンマは、満たされない気持ちを買い物で満たそうとして、莫大な借金を作ってしまう。かつての愛人たちも金にはシビアで、レオンもロドルフも貸してはくれない。いよいよ自宅の家具一式が差し押さえられようとしても、エンマはシャルルにだけは知られたくないとあがく。「あの人は許してくれるだろう」と思いつつも、エンマはそれが嫌だというのだ。

こうしてボヴァリーが優位に立つと思っただけで、彼女は激怒した。やがて、自分が告げようと告げまいと、じきに、ほどなく、明日になれば、どうせこの破滅をあの人は知ることになるだろうし、だからそうしたぞっとした場面が待っていて、あの人の寛大さの重圧に耐えなければならない。(P554)

ここまでエンマが夫を憎むのはなぜだろうか。「寛大さの重圧」とは何か。

万策尽きたエンマは、薬剤師の店に向かい、棚から勝手に砒素を取り出すと口に入れて自殺を図るのだ。だが服毒自殺はすぐに死ねない。自宅に帰ったエンマを断末魔の苦しみが襲う。嘔吐や痙攣が尋常ではなく、シャルルは驚き叫ぶ。

シャルルはベッドの際にひざまずいた。

「言っておくれ!何を食べたんだ?答えておくれ、後生だから!」

そして彼はエンマを見たが、シャルルの目には、彼女が一度も見たことがないような愛情がたたえられていた。(P577) 

シャルルはエンマが何を飲んだのか言うよう、必死に食い下がる。そんなシャルルの目に、エンマは「一度も見たことがないような愛情」を見たというのだ。それまで彼女は、夫の「ほんとうの」愛情を見たことがなかったというのだろうか。

「どうしてなんだ?なにがあって、お前はこんなことをするはめに?」

彼女は答えた。

「そうするしかなかったのよ、あなた」

「お前は幸せじゃなかったのかい?おれのせいなのか?それでもできるだけのことはなんでもしたのに!」

「ええ・・・、本当に・・・、あなたはいい人よ、あなたは!」

そして彼女はシャルルの髪をゆっくりと撫でた。その感触が心地よくて、彼の悲しみはいっそう募り、逆にいまになってこれまでになくこちらに愛情を示してくれているのに、そのエンマを失わなければならないと思うだけで、自分の全存在が絶望に押しつぶされるような気がして(中略)なにもできなかった。(P579-580)

 いまわの際に、このふたりは、ほんの一瞬だけ心を通わせることができたのかもしれない。シャルルは凡庸さに罪があるのではなく、現実と向き合おうとせず、自分をごまかしているところがまずい。エンマはエンマで、自分と他者が違うということが認識できない。その辺の危うさを感じ取ったからこそ、愛人のレオンもロドルフも結局は彼女から逃げてしまう。自分と他者は違うということがわかっていれば、ここまで悲惨な結末にはならなかっただろう。悲劇は必然的に起こったのかもしれない。

 

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