こだいらぽんたの「基礎学力」勉強日記

基礎学力(高卒程度)を身につけたい。読書も旅もしたい。フットボールも見たい。

「暴力で女を支配する男と、ダメ男ぶりで女を支配する男」 読書ノート ロジェ・マルタン・デュ・ガール著『チボー家の人々(4)ー美しい季節Ⅱー』(268日目~271日目)

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ロジェ・マルタン・デュ・ガール著『チボー家の人々(4)ー美しい季節Ⅱー』(山内義雄訳 白水Uブックス

 

4.美しい季節Ⅱ

チボー家の人々』第4巻のあらすじを紹介する。

チボー家の長男アントワーヌは29歳。第3巻で、彼は、父親の秘書シャール氏の娘(血縁関係はないが)に人生初の大手術を施して命を助けた。ラシェルは26歳で、ユダヤ系の美女だ。たまたまアントワーヌの手術の助手を務めたことが縁で、ふたりは恋に落ちる。しかしラシェルは、アントワーヌが今まで見たことのない世界に住む女性だった。

 

ラシェルの半生はかなり特殊だ。彼女には実際のモデルがいるのだろうか?

彼女は天涯孤独といっていい身の上だ。オペラ座で衣装係をしていた父親は日射病で亡くなり、兄もイタリアで溺死した。母親は生きているが、精神病院で暮らしている。

ラシェルの元恋人イルシュは50がらみの男で武器商人だ。イルシュとともにアフリカの国々を旅したときの思い出をラシェルはアントワーヌに話す。このイルシュという男がサディスティックで恐ろしい男なのだ。

たとえば、ラシェルが撃ち落とした鷺を取りに、アフリカの少年のひとりが川に入ったときの話だ。少年は川に入ったとたん、ワニ(とは書いてないが、たぶん)に食いつかれ、いきなり川底に引きずり込まれてしまった。イルシュは少年を苦しませないよう、銃を構え、少年の頭をいきなり撃つ。そんな事件があった後だというのに、イルシュは周囲の黒人少年たちに告げるのだ。「誰か、おれの目覚まし時計をやるから、ラシェルの鳥を取ってきてくれ」と。

アフリカのある部族の女が、姦通の罪により石で打ち殺される現場にも嬉々として出かけている。かなり異常な男なのだ。

また、イルシュが自分の娘と性的関係を持っていた話も恐ろしい。イルシュの娘クララはラシェルの友人であり、ラシェルの兄の婚約者だった。だがある日、ラシェルは、クララとイルシュの関係に気づいてしまう。クララは父親に犯されることに抵抗するために、自分の兄と結婚したのだとラシェルは思うようになる。だが、クララが結婚してから3週間目。イタリアの湖水でクララとラシェルの兄の遺体が発見される。クララには絞殺された跡があり、ラシェルの兄は溺死だ。おそらくイルシュとクララの関係に気づいた兄が、クララを絞め殺し、そのまま身投げしたのではないかとラシェルは言うのだが、イルシュがこの件に絡んでいないとも言い切れない。真相は闇の中だ。

こんな異常な男に魅かれているラシェルも、かなりエキセントリックな女性だ。今まであらかじめ敷かれたレールの上を歩いてきたアントワーヌにとっては、驚きの連続だ。

こうした奇怪なラシェルの身の上話をきかされて、彼はびっくりしつづけていた。思えば自分は、そうした彼女とは全然ちがって、有産階級の家に生まれたこととか、仕事とか希望とか、しゃんと計画を立てている将来とかで、しっかりフランスの土地にくぎづけられてしまっているのだ!彼には、自分を結びつけているそうした鎖がはっきり見えていた。それでいながら、彼は一度も、それを引きちぎろうなどと思ったことはなかった。そして、ラシェルが望んでいるもの、しかも、彼にとってはまったく見ず知らずのあらゆるものにたいして、ちょうど家畜が、あらゆるうろつきまわるもの、住まいの安全をおびやかすものにたいしてもつのとおなじような、一種の敵意を感じていた。(P132)

そして、ラシェルの存在は、予定調和の人生しか歩んでこなかったアントワーヌを変えていく。

そして、彼には、ラシェルと出会うまでのあらゆる人生のできごとが、すべてやみの中に沈もうとしてでもいるかのように思われていた。それらはすべて、《まえ》のできごとだった。(中略)つまり、自分の変わるそのまえなのだ。つまり、彼は、精神的にすっかり変わってしまっていた。まるで鍛え直されたとでもいうようだった。成熟し、同時に、さらに若くなった感じだった。(P136)

自分とはまったく違う世界の人間と出会うことは、その人を成長させる。それも、友人関係の出会いではダメで、恋愛関係の出会いでなければならない。パートナーとの濃密な関係ならば、まったく違う価値観でも素直に受け入れることができるだろう。

しかし、ふたりの別れは唐突にやってくる。イルシュがカサブランカからラシェルを呼び寄せたからだ。ラシェルはイルシュの元へ行かなければならない。どんなに殴られようと、侮辱されようと、刑務所にまで入れられようと、ラシェルはイルシュの魔力にはあらがえないのだ。彼女は自分が「自由」であることを強調していたが、実際はちっとも自由ではない。ふたりは涙ながらに別れるのだ。

 

なぜ異常な男に魅かれる女がいるのか?この巻では、フォンタナン夫人が夫のジェロームに、アムステルダムまで電報で呼び寄せられる話も書かれている。ジェロームの愛人ノエミがホテルの一室で死にかけていて、自分ひとりでは手に負えないと泣きついてきたのだ。ノエミが亡くなったあと、ジェロームは当然のようにフォンタナン夫人の元へ戻っていくのである。イルシュがサディストで女を支配する男なら、ジェロームは「この人、私がいないとダメなんだわ」と思わせるようなダメ男ぶりで女を支配する男だ。都合が悪くなると甘えればいい。夫人は優しいのでどこまでいっても許してくれるからだ。フォンタナン夫妻もかなり変わった夫婦だ。

 

一方、チボー家の弟ジャック(20歳)と、ダニエルの妹ジェンニー(19歳)の距離もぐっと縮まる。彼らはたまたまふたりきりになる機会があったのだが、互いに大真面目な話をするうちに、「ふたりはなんて似ているんだろう」ということに気づくのだ。ジャックと別れた後、ジェンニーは発作のように「あの人とは会いたくない!」とダニエルやフォンタナン夫人に訴える。狂おしいほど好きだというのに、こうした反応をしてしまうところにジェンニーの難しさがある。そして、ダニエルやフォンタナン夫人はジェンニーの本心を悟ってしまうのだ。

 

第5巻でジャックはどうなるのか?実は、彼はエコル・ノルマルという難関校に上位の成績で入ったにも関わらず、学校には行かずに行方不明になってしまうのである。「ここではない、どこか」への脱出の試みはどうなるのだろうか。(第5巻につづく)

 

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