こだいらぽんたの「基礎学力」勉強日記

基礎学力(高卒程度)を身につけたい。読書も旅もしたい。フットボールも見たい。

「人は、すべての過去に結びつけられている。」 読書ノート ロジェ・マルタン・デュ・ガール著 『チボー家の人々(6)ーラ・ソレリーナー』 284日目~287日目

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ロジェ・マルタン・デュ・ガール著『チボー家の人々(6)ーラ・ソレリーナー』(山内義雄訳 白水Uブックス

 

「ラ・ソレリーナ」とはイタリア語で「妹」という意味だ。この小説をジャックが雑誌に変名で発表していたことから、アントワーヌはジャックの居場所をつきとめる。ジャックが行方不明になってから3年の月日がたった。彼はスイスのローザンヌにいた。アントワーヌ32歳、ジャック23歳だ。

 

6.ラ・ソレリーナ

チボー家の人々』第6巻のあらすじを紹介する。

チボー家の大黒柱チボー氏は、癌のために激痛に苦しめられ、次第に気弱になっていく。権力と名誉と金を手に入れ傲慢だったところは見る影もなく、今では家政婦のおばさんに、子供のように歌を歌ってもらうことを楽しみにしているひとりの老人にすぎない。

チボー氏はある日、アントワーヌに向かって、ジャックのことを口にする。チボー氏はジャックが自殺したと思い込んでいるのだ。

そのほか、まだ言っておきたいことがある。ジャックの死んだことについてなのだ。かわいそうなやつだった・・・このわしは、為すべきことをすっかりしてやっただろうか?・・・わしは、厳格にしてやろうと思った。そして、あまりにも峻厳にすぎたのだった。おお主よ、わたくしは認めます、わたくしは子供にたいしてあまりにも峻厳にすぎました・・・わたくしは、ついぞ子供から信頼を得ることができませんでした・・・(P39)

そして「わしは息子を守ってやれなかった!自殺したのはユグノープロテスタント)のしわざだ。あいつらがそそのかしたんだ!」とフォンタナン一家をなじるのである。

そんなある日、アントワーヌの家に一通の手紙が届く。あて名はなんと「ジャック・チボー殿」だ。差出人は大学教授で詩人のジャクリール。手紙の内容は、ジャックの書いた小説に対するジャクリールの感想が書かれていた。ジャックは生きているのか?ジャックはどこかで小説を書いているのか?手がかりをつかむべく、アントワーヌは早速、ジャクリール教授に会いに行く。

ジャクリールはアントワーヌに、スイスで刊行されている一冊の雑誌を提示する。その中に掲載されていた作品『ラ・ソレリーナ』。作者はジャック・ボーチー。(変名にしては、あまりにもバレバレだが)。ジャクリールはジャックが書いたものだと推測し、アントワーヌの家に感想を書き送ったのだ。

アントワーヌは、『ラ・ソレリーナ』をジャクリールに借り、ビアホールで読みふける。そこには、小説の形をとった「実話」が書かれていた。ジウゼッペというイタリア人が主人公だが、どう考えても、これはジャック本人のことなのだ。プロテスタントのイギリス人女性、シビルとの恋。シビルとはジェンニーのことだろう。ダニエルやフォンタナン夫人を思わせる登場人物も出てくる。

チボー氏を思わせる人物、セレーニョに対しては辛辣な書きっぷりだ。

そうだ、憎悪と反抗と。ジウゼッペの過去はこれに尽きる。彼にして若かりし日を思うとき、復讐の気持ちが燃えあがる。きわめて幼いじぶんから、彼のあらゆる本能は、それが形を取るにしたがい、すべては父にたいする戦いだった。(P85)

 アントワーヌは気弱になっているチボー氏の姿を思い浮かべ、なにかやりきれない気持ちになってしまう。一方、自分のことはどう書いてあるのかと気になって探すと、あった。ジウゼッペの兄は「毒にもならない話ばかりしている」。兄弟は腹を割った話ができず、互いに距離があるのだ。当時アントワーヌはラシェルに夢中だった。ジャックのことなど眼中になかったのだ。「俺が悪かったんだ」とアントワーヌは反省する。

それにしても、ジウゼッペはなぜ家を出たのか。小説によれば、ジウゼッペがシビルとの婚約を父親のセレーニョに告白したところ、プロテスタントとの付き合いを認めない父親と大喧嘩になり、「自殺してやる!」と家を飛び出したことになっている。

『ラ・ソレリーナ』には、それ以上にショッキングな出来事が書かれていた。ジウゼッペは実の妹に愛を告白され、肉体関係を結んでしまったというのだ。血のつながりがないとはいえ、チボー兄弟と妹のように暮らしてきたジゼール。ジゼールとジャックは寝たことがあるのだろうか?ジゼールに求婚したアントワーヌこそ、いい面の皮ではなかったか?

果たしてこれらは本当なのだろうか。

 

その後、アントワーヌは探偵事務所に依頼して、ジャックの居場所を突き止める。ジャックはスイスのローザンヌで新聞社に記事を書いたり、校正の仕事をしたりして生計をたてていた。そして、とある革命集団の中に居場所を見つけ、みんなの尊敬を集める立場にもなっていた。それは革命の中心人物としてではなく、人の話を虚心坦懐に聞いてくれるという点においてだが。ジャックの周りには革命を志した、さまざまな国籍の若者が集まっていたが、ジャックの知性には一目置いているようだった。

ジャックはアントワーヌがいきなりやってきたので驚き、「なんのご用?」とすっとぼける。「お父さんが危篤なんだ。もう臨終にまがないんだ。それできみを呼びに来たんだ」とアントワーヌは単刀直入に告げる。ジャックは過去がいやおうなしに自分の生活の中に侵入してくるように思われ、苦しさを感じる。しかしジャックは、その日の晩の特急でアントワーヌとともに家に向かうことに応じる。

 

結局、『ラ・ソレリーナ』は実話をもとにしたフィクションだった。特にアントワーヌが気になったのはジゼールとジャックが肉体関係を結んだことを疑わせるくだりだが、ジャックは真剣に言う。「そんなことがあり得ると思う?」。ジャックにとって彼女は妹以外の何者でもないのだ。

チボー氏とジャックが口論をしたのは本当のことらしい。だが、家出の原因はそれだけではない。作家になりたいと考えていたジャックは「エコル・ノルマルで三年間勉強するのはムダなのではないか。真の感情がそらされてしまうのではないか」と思い悩み、ジャクリール教授に相談しに行ったのだという。詩人として、ジャクリールを尊敬していたからだ。

しかし、教授は周囲の青年たちから批判されることを恐れる俗物に過ぎなかった。ジャックは教授を「にせもの」だと見抜いてしまう。相談しにきたのが無駄だった。ジャックは席を立ち玄関に向かう。すると背後からジャクリールの声が聞こえた。「ごらんの通り、わたしはからっぽだ。もうおしまいの人間なのだ」と。ジャクリールはジャックの肩をたたくと、何かにつかれたようにまくしたてる。

わたしに用とおっしゃるのか!なにか助言を?よし、これだ!書物を捨てるがいい。本能のままにやりたまえ!すなわち、ひとつのことを学ぶのだ。(中略)どこかの新聞社にはいる。そして雑報の種をあさる。わかるかな?わたしはけっして狂人じゃない。雑報ですぞ!世間めがけてのダイヴィングだ!きみのあかを落とそうと思えば、これほりほかに道はない。朝から晩まで駆け歩くのだ。事故であろうと、自殺であろうと、訴訟事件、社交界のできごと、淫売宿での警察ざた、どれひとつとして逃してはならない!目をあける!文明の引きずっているすべてのもの、良きも悪しきも、思いもよらないようなもの、二度とあり得ないというようなもの、すべてにしっかり目をあける!そうしたあとで、人間なり、社会なり    またあなた自身なりにたいして、はじめて口がきけるのだ!(P197)

ジャックの激しさは、自らの自由を守るためには、誰の力も借りようとしないところにある。親の遺産など、まったくあてにしていない。そんなものをもらったら自由ではなくなってしまう。父親が亡くなった時も、遺産の受け取りを一切拒否している。

だが、ジャックはジャックで、否応なしに過去に縛り付けられている自分を感じている。それも兄アントワーヌによってだ。家に帰る汽車の中、ジャックはひとつの考えに心を揺さぶられる。

彼はいま、自分がたちまち、われにもあらずこの兄に、終始かわらぬこの友に、さらに進んでは、兄を通じてすべての過去に、結びつけられかけているのを感じた!きのうまで、越えがたいみぞを持っていたのに・・・それが、わずか半日で・・・彼は、こぶしを握り、首をたれ、そのまま口をつぐんでしまった。(P219)

 次巻ではついにチボー氏が亡くなる。しかし、安らかには死ねず、断末魔の苦しみの末に死んでいく。人間が死ぬのはこんなにも大変なことなのか、と思わせる。

(第7巻につづく)

 

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