こだいらぽんたの「基礎学力」勉強日記

基礎学力(高卒程度)を身につけたい。読書も旅もしたい。フットボールも見たい。

見ておいて損はない名作映画100選の7作目。映画:仁義なき戦い

「見ておいて損はない名作映画100選」の7作目。

GWに広島旅行に出かけ、あまりにも楽しかったので、そのノリでDVDを借りた。ずっと気になっていた作品だったが、やっと見ることができた。

7作目。

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仁義なき戦い
(1973/日本)
監督:深作欣二
出演:菅原文太松方弘樹/金子信夫/梅宮辰夫

第二次世界大戦が終わった翌年の1946年。物語は広島県・呉の闇市から始まる。ヤクザの抗争関係図が複雑で、一度見ただけでは把握しきれない。ヤクザの群像劇なので、登場人物もかなり多い。

山守組の変遷を軸として話は展開する。主人公の広能昌三(菅原文太)が二度ほど刑務所にぶち込まれるが、そこが山守組の「時代の変わり目」だと思って見れば、話はわかりやすい。

 

かんたんなあらすじ。(山守組の変遷に着目!)

1946年。戦後の混乱期のなか、広能昌三はヤクザのいざこざに手を貸し、殺人を犯してしまう。山守組はただの土建屋だ。

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広能昌三服役。しかし、山守義雄(金子信夫)が広能を使える男と見込んだのか、保釈金を出してくれる。その年、山守組が正式に設立される。見届け人は土居組の組長だ。媒酌人は大久保親分。

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1949年。山守組vs土居組の抗争勃発。これはもともと大久保が市会議員の議長選挙を通じて焚きつけたものだ。山守組長に泣きつかれ、広能昌三は土居組の組長を射殺する。

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広能昌三服役。無期懲役を食らう。

1950年。朝鮮戦争で山守組は米軍の弾薬荷役を引き受け大儲けする。組の統制が乱れ始める。

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1955年。恩赦による減刑により、広能昌三出所。(1952年のサンフランシスコ講和条約によるものだろうか?敗戦国日本はここから正式に独立する。)

ところが出所した広能を待っていたのは、内部分裂した山守組の幹部たちによる、血で血を洗う抗争だった。

1956年。内部抗争により強い幹部は殺されて姿を消し、最後まで生き残ったのは本当に悪いヤツ・山守義雄だった。

 

かんたんレビュー

映画冒頭は原爆のキノコ雲。そして、有名なプラカード事件の写真だ。「朕はタラフク食ってるぞ。ナンジ人民飢えて死ね。ギョメイギョジ」の鬼気迫った文字を見ると、混沌とした時代背景が見えてきそうだ。続いて呉の闇市の様子はエネルギーがあふれていて、今にも爆発しそうだ。1946年は戦争で殺したり殺されたりを体験している人ばかりで、今よりもずっと死が身近にあった。山守組組長・山守義雄にいいように利用されるヤクザたちの群像劇も見ごたえがあるけれど、時代背景も追うとさらに面白い。

 

興味深いのは、山守組が1950年の朝鮮戦争で米軍の仕事を引き受けて大儲けしていることだ。山守義雄は子分たちからシノギ(稼ぎ)の中からカスリ(上納金)を7割も取るわ、子分から取り上げたヒロポン覚せい剤)を広島市に流して儲けるわ、とんでもない悪党ぶりを発揮しているが、やはり朝鮮戦争が一番儲かっただろう。世の中で一番力を持つものは仁義などではなく、カネだ。カネこそがすべてなのだ。このあたりから山守組は組の統制が乱れ始め、ひとりひとりがバラバラになっていく。それは、朝鮮戦争が一番大きなターニングポイントだったような気がしてならない。

 

それにしても、菅原文太演じる広能昌三のカッコいいことよ。山守にいいように使われ、騙され、散々な目にあわされているのに、なぜかカッコいいのだ。彼には子分がついていきたくなるような温かさと茶目っ気がある。自分の身に起こったことをくよくよ考えず、あっさり受け入れてしまうところもいい。(ついでに、梅宮辰夫もカッコいい!)

この映画では広能昌三だけでなく、他の登場人物たちの余計な心象風景が一切描かれていない。その乾いたところが万人に受け入れられた要因のひとつだろう。

ところでこの映画は5部作まである。全部見ないと『仁義なき戦い』の本当の良さはわからないものらしいので、すべて見る予定だ。

 

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