こだいらぽんたの「基礎学力」勉強日記

基礎学力(高卒程度)を身につけたい。読書も旅もしたい。フットボールも見たい。

「学問を志すのに遅すぎることはない。それよりも時が満ちるのを待とう」長澤信子著『台所から北京が見える』(講談社)

◎8月1日(水)晴れ。暑い。

年を取ってから勉強したくなった人、「若い頃に勉強しておけばよかった」と後悔している人に、超おすすめの本がある。語学を勉強する人にもぜひ読んでもらいたい。

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長澤信子著『台所から北京が見える』(講談社

「語学は早いうちから始めた方がいい」といわれるが、著者の長澤さんは36歳から中国語を始めた。猛勉強の末、難関といわれる中国語通訳ガイド資格試験をクリア。中国語通訳を職業とすることができた。

彼女が「中国語を勉強しよう」と考えたのは25歳の時だ。だが彼女はすぐに勉強を始めなかった。ふたりの子どもが手を離れるまで待とう。上の子どもが中学校に入り、外国語を始めたとき、自分も新しい外国語の勉強を始めよう。長澤さんは時が満ちるのを待った。そしてその時期が到来した時、一気に勉強を始め、わずか4年間で通訳の資格を取ってしまった。

長澤さんは「勉強のための費用は自分で稼ぎたい」という思いから、看護学校に行き、准看護士の資格も取っている。中国語を「ただ話せるだけ」ではいけないと思い、中国語のバックグラウンドが欲しくなり、中国文学部のある大学にも入って勉強した。長澤さんが40代半ばのことだった。

50歳を過ぎた私だからこそ言えるが、これはものすごく勇気がいる。看護学校だって、大学だって、自分よりも年下の学生ばかりだ。自分の娘や息子くらいの年齢の学生と学ぶのは、どこかで気恥ずかしさというか、疎外感を感じる。にもかかわらず、彼女は10代の学生たちと一緒に、大学で体育の授業までやってのけた。(飲み会は、若い子たちのエネルギーに圧倒されて一回しか出なかったようだが。)旅行もクラブ活動も長澤さんには関係ない。彼女にとって大事なのは、学問の体系を学ぶことだった。

長澤さんは卒論に「紅楼夢」を選び、きっちり4年で卒業した。自分を支える教養を身につけることができたのは、通訳や翻訳の仕事をするうえで大きなアドバンテージになっただろう。

「時が満ちるのを焦らずに待つ」ことは大切だ。学問をするのに遅すぎることはない。もし40歳や50歳を過ぎて、それ以上にもっと年を取ってからでも学問をしたくなったのなら、それはその人にとって「時が満ちた」からこそ、やりたくなったのではないだろうか。

私はこの本を何度も読み返した。その度に励まされた。もちろん、語学を習得したい人にもおすすめだ。語学を身につけるための、たくさんのヒントが詰まっている。

 

『詳説日本史研究』を読み進めるうちに、清少納言の『枕草子』が急に懐かしくなり、さらっと再読。以前書いた『枕草子』の読書ノートに加筆・修正して「こだいらぽんたの読書日記」にあげる。

 

19時から、鹿島アントラーズvsFC東京の試合をDAZNで観戦。1-2で鹿島に勝利。先週、味スタで見た長崎戦の敗戦があまりにもふがいない内容だったので、どうなることかと思ったが、勝ててよかった。ほっとした。

 

*勉強日記

<世界史>

『詳説世界史研究』第6章「内陸アジア世界・東アジア世界の展開」(P193-218)を終わらせる。

14世紀の半ばに活躍したイヴン=バットゥータの旅行記を中心に書かれている「東西の交流」(P212-218)の解説は読みごたえがあった。モンゴル帝国が成立すると、帝国のもとで、陸上の遠距離交通の安全が確保されるようになる。「黒海北岸から中国までの道中は昼夜を問わず絶対に安全である」という、同時代のイタリア人商人の証言に興奮した。ユーラシア大陸の横断を「絶対に安全」だと言わせたモンゴル帝国はスゴい。

 

<日本史>

『詳説日本史研究』第2部の「中世」に入る。第4章「中世社会の成立」の途中まで。(P122-145)

鎌倉幕府はいつ成立したか。昔は「いい国(1192)作ろう鎌倉幕府」と教わったが、今は「諸説ありすぎて、わからない」というのが正解らしい。

源実朝の政治への関わりを再評価するべきだという見方もあるらしい。なんといっても、実朝が宋に渡ろうとしていたことには驚いた。船が座礁して果たせなかったとか。文芸が好きで政治はからっきしダメというイメージだったが、いろいろと見方が変わりそうだ。

 

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