こだいらぽんたの「基礎学力」勉強日記

基礎学力(高卒程度)を身につけたい。読書も旅もしたい。フットボールも見たい。

米津玄師『Flamingo』を語ってみる。

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◎2019年1月4日(金)晴れ。

米津玄師『Flamingo』をCMで耳にしてから、ずっとこの曲のサビが頭の中をリフレインしている。J-POPどころか新しい音楽をほとんど聞かない私を引き付けたのだから、その威力たるや恐るべしだ。

ところで「よねづけんし フラミンゴ」で検索をかけると、さまざまな人が書いているさまざまな『Flamingo』の歌詞の解釈が読める。中には「なるほど、こんな考え方もあるのか」と感心するものもあったし、よくわからないものもあった。いずれにしても、リスナーが歌詞について悩んでくれるなんて、米津玄師にしてみればアーティスト冥利に尽きることだろう。

『Flamingo』は「言葉遊び」が面白い歌だ。こう言っては元も子もないが、歌詞の意味はあまりないような気がする。初めのひと固まりは、伸ばせば「ーぃ」で終わる言葉で韻を踏んでいる。「宵闇」「爪弾」「悲しみ」「雨ざら」「花曇」・・・おそらく、リズムがいいから並べたのではないだろうか。もしかすると「恥さら」「砂ぼこ」「つれなさ」でも構わなかったかもしれない。

歌詞の意味を考えるなら、ざっくりと主人公が誰でどういう状況なのかを考えればいい。主人公は娼婦(的な女)に振り回されている男だ。時には冷たく、時には思わせぶりで、時には思慮深くて謎めいた女に魂まで抜かれてしまった男が、「なんで俺だけのものになってくれないんだ!」と酔いにまかせて毒づいている。ヤバい女だとわかっていてもその呪縛から逃れられない。こんな悪い女は地獄に落ちるだろう。地獄の閻魔に「あいつを見受けてやってくれ」とやけっぱちで叫んでいるのもすさまじい。

「フラミンゴ」のサビの部分の言葉遊びも最高だ。女がこちらの男からあちらの男へ「ふらふら」していることを歌っているのだろうが、歌い方が毅然としているので頼りなさげな「ふらふら」には聞こえない。フラミンゴの赤い翼と男を平気で袖にする女のイメージが重なり合い妖艶な感じがする。油断をするとハマってしまう危険な匂いがする。

数日前、米津玄師のオフィシャルブログを見た。言いたいことはものすごくはっきりしている。一方、それを表すことばがたくさんあふれ出してきて止まらない印象も受ける。音楽を作るときもことばがあふれ出して止まらないんじゃないだろうか。

『Flamingo』は「言葉遊び」の歌だ。だからひとつひとつの言葉の意味をほじくり返しても仕方がないような気がする。おそらく、米津玄師本人も歌詞の意味などわからないところが多いのではないだろうか。

 

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