こだいらぽんたの「基礎学力」勉強日記

基礎学力(高卒程度)を身につけたい。読書も旅もしたい。フットボールも見たい。

読書ノート チャールズ・ディケンズ著『デイヴィッド・コパフィールド』全4巻(中野好夫訳/新潮文庫)

◎2020年1月6日(月)晴れ。

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チャールズ・ディケンズ著『デイヴィッド・コパフィールド』(中野好夫訳/新潮文庫)全4巻を読了した。

この本は主人公のデイヴィッド・コパフィールドが様々な艱難辛苦を乗り越え一人前に成長し、作家として自立を果たし、最後はハッピーエンドで終わる物語だが、デイヴィッドが精神的成長を遂げるにしたがって読んでいる方も自分が成長したかのように思えるような気持ちになれるところが印象的だった。

たとえばドーラとの結婚生活だ。彼女は素直で可愛らしくて天真爛漫だが家事能力がまるでない。料理もできなければ家計簿もつけられず、女中の監督もできないので家のものを盗まれたり自分たちの名義で借金をされたりと散々な目にあっている。デイヴィッドはドーラを愛しているものの、彼女が自分の良き相談相手となるような存在でないことに空虚さを感じている。

ここまでくれば「デイヴィッドは離婚して人生をリセットすることで、本当に必要な相手と再婚する展開になるんだろうな」と思う。ところがそうはならないのだ。

デイヴィッドは育ての親である伯母に「伯母さんからドーラに注意してやってもらえないか」と相談する。ところが伯母は、二人の間に他人が介入してはいけないと真剣に断るのである。自分たちの将来はふたりで切り開いていくものであり、他人がどうにかできるものではない。この言葉にデイヴィッドは感銘を受ける。

デイヴィッドはなんとか自分の方にドーラを引き寄せようと、自分の興味のある話題ばかり話したり、シェイクスピアを読んで聞かせたりして彼女を「教育」しようとするのだが、この試みは失敗に終わる。人間は簡単に変われるものではない。ふたりの結婚生活に暗雲がたちこめる。そこで、デイヴィッドはあっさりと方針転換するのである。

このうえは逆に、私がドーラの方に調子を合せ、いいことはできるだけ分け合って幸福に、そしてまた、やむをえない責任はすべて、私が背負って、やはり幸福にと、そんなふうにでもしていくよりほかになかった。それが、いろいろと考えるようになってから、私が心して努めることにした躾けだったのだ。そんなわけで、結婚生活第二年目は、第一年目よりも、はるかに幸福だったし、さらにいいことは、ドーラの生活が、すっかり明るくなったことだった。(第4巻 P80-81)

幸福になるためにはさっぱりとあきらめた方がいいものもある。「性格、目的が違う相手と一緒になってしまった」という感情と、「ドーラを心から愛している」という感情。この相反するふたつの気持ちがデイヴィッドの心の中で不思議な調和を保ちはじめるのだ。ドーラのことが単に好きで好きでたまらなかった恋愛時代から、しっかりと地に足をつけた結婚生活を考えるようになるデイヴィッドの成長ぶりは目を見張るものがある。

 

デイヴィッドの周囲をとりまく登場人物たちも、味のある人物ばかりだ。一番印象的だったのは、伯母の遠縁であり盟友でもあるミスタ・ディックが初めて自分の労働で金を稼いだ場面だ。彼は精神病院に入れられていたこともある頭のおかしな男だが、心根はとても優しい。伯母が破産したとき、ディックは今まで自分の面倒をみてくれた伯母の窮状に誰よりも心を痛める。そこでデイヴィッドは親友のトラドルズと相談して、ディックに筆写の仕事を与えるのだ。これはディックにとって、初めて金を稼いだ経験となった。

要するに、こちらも、仕事の量が過重にならないようには、十分注意したし、また彼も、週の初めからやり出したわけではないが、それでもとにかく、土曜日の晩までに、十シリング九ペンス稼いだ。さっそく彼は、近所の店という店に行き、この貴重な儲けを六ペンス銀貨にかえてもらうと、それらを盆の上にハート型にならべ、目には誇らしげに嬉し涙まで浮べ(ママ)ながら、伯母の前に持って来た   その光景、おそらく私は、生命のあるかぎり、忘れないであろう。いうなれば、初めてこの役に立つ仕事をやり出してからというものは、まるで何かすばらしい魔法にでもかかったみたいで、事実あの土曜の晩など、この世にもし幸福な人間がいたとすれば、まさしくそれは彼であった   私の伯母を、世にも偉大な女性と仰ぎ、同時に私までを、世にもすばらしい青年と信じて、感謝にあふれていたミスタ・ディックだった。(第3巻 P185-186)

こうしたエピソードの数々に心揺さぶられる。

そして、さまざまな登場人物との出会いやできごとがデイヴィッド・コパフィールドを一人前の男に成長させていくのである。

 

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言葉に見放されないよう、読解力と文章力を鍛える一年に。

今週のお題「2020年の抱負」※はてなブログの「お題」に初投稿しました。

 

「2020年の抱負」を箇条書きにするとこうなる。

1.たくさん本を読み、読書ノートを必ずつけること。

2.スポーツ観戦や日常生活で気がついたことをメモしておき、文章化すること。

インプットばかりでなく、少しはアウトプットの技術を磨きたい、というのが個人的な抱負だ。単なるつぶやきではなく、他人が読んで理解できる文章を書きたい。できれば一定のペースを維持して、週に一度書き続けることができれば最高だ。できるかな。

こんなことを考えるに至ったのは、前向きな理由ではなく、少しばかり後ろ向きな理由による。そう、私も人生の残り時間だとか老いだとかを考えるようになったのだ。

 

老いのシグナルは「言葉」が思うように出てこないことにあるらしい。アンチエイジングの化粧品やら健康法にやらにはこれっぽっちも興味がないのだが、「言葉」に見放されるのはとてもつらいだろうなと思う。だから「言葉」に見捨てられないよう、今から訓練しておかなければと真剣に考えるようになった。何かを説明しようとしても「『あれ』が『あれ』して『あれ』になった」という言葉しか出てこなくて不機嫌になる・・・のは誰でも起こり得ることで仕方がないことなのだろうけど、日頃の心がけでどうにかなるものなら、できる限り「言葉」はつかまえておきたい。

70歳まで生きるとすれば、残り時間は17年しかないことになる。それ以上生きることができたら、あとは3年区切りで目標を立てればいい。ちなみに「満期が来たら三年単位で延長する」というのは池内紀先生の『すごいトシヨリBOOK』(毎日新聞出版)に書いてあったアイデアだ。

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それにしても、あと17年はかなり短い。たった17年間でどれだけのものに触れ、自分の言葉にすることができるだろうか。


考えてみれば、私が本を一人前に読めるようになったのは40歳の時だ。中学・高校の学習参考書を勉強したことがきっかけだった。それまでは「読んだふり」をして適当にごまかしていた。学生時代に落ちこぼれ街道まっしぐらだった私は、基礎知識がすっぽりと抜け落ちていたために(特に世界史と日本史)本を開いても内容が理解できなかったのだ。基礎知識だけでなく、文章読解のテクニックもなかった。小説なら、登場人物と新しいできごとに鉛筆で線でも引いておけばなんとか内容は理解できる。しかし当時はそういった読み方も知らなかったので、ただ漫然と読んで「わからない」を繰り返していた。そんなわけで、周囲にバカなのがバレるのではないかと(とっくにバレていたかもしれないが)いつもびくびくしながら暮らしていた。
一念発起して、中学・高校の学習参考書に取り組んだのは40歳の時だった。同時に基礎読解力をあげるために、小学生レベルのやさしい文章を選んで「しるし」をつけながら読み進める練習もした。すると突然、あらゆる本が読めるようになった。不思議なことに、漫然と見ていたスポーツ観戦も系統立てて面白く見られるようになった。この時を機に世界が180度変わった。本を読めるというのは大変なことなのだ。

 

でも本当はもっと早く努力すべきだった。基礎学力の欠損をもっと早く認識すべきだった。多くの良書に触れることで、行間を読み取る力や自らを相対化する力を養うことができていれば、劣等感に苛まれた若かりし日を結構楽に生きてこられたのではないかと思うからだ。後悔といえばその一点に尽きる。

とはいえ時間を巻き戻すことはできないので、できることをこなしていくしかない。

残り時間はあとわずかだ。

 

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ジョルノ・ジョバァーナが第6部に登場していた展開を空想する。/荒木飛呂彦著『ジョジョの奇妙な冒険ーPART6 ストーンオーシャン』

◎2019年12月26日(木)くもり

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荒木飛呂彦著『ジョジョの奇妙な冒険ーPART6 ストーンオーシャン』(集英社文庫/全11巻)

 

第5部「黄金の風」は素晴らしかった。その勢いで第6部全11巻kindle版を購入し一気読み。しかし、第6部はプロットもスタンドバトルも複雑で、1回読んだだけではよくわからず、結局3回読むことになった。だが読み返すたびに新しい発見があり、じわじわと胸に迫ってくるものがある。徐倫が結構ファザコンなところとか(幼い頃、よほど承太郎に可愛がられた記憶があるのだろう)、アナスイが最後に自らの救済を求めるシーンとか。やっぱりジョジョは面白い。ラストは「荒木さんはすべてをリセットして、ジョジョ以外の新しい作品を描きたいんだろうな」と思わせるようなものだったが。

 

ところで、ジョジョファンならおそらく誰もが気になるであろう場面がある。ラスボスのエンリコ・プッチ神父の元にDIO(ディオ)の息子たちが呼び寄せられるシーンだ。そこに第5部の主人公ジョルノ・ジョバァーナの姿はない。ジョルノだってDIOの息子なのにどうしてなのだろう。

おそらくジョルノが登場したら、そこで物語が終わってしまうからじゃないだろうか。ジョルノのスタンド「ゴールド・エクスペリエンス・レクイエム」はあまりにも強すぎる。GERの拳に殴られたら、プッチ神父は一人だけ宇宙を一巡どころか100巡も1000巡もする羽目になる。プッチ神父は宇宙を巡るたび「あらゆる体験をして覚悟を決めたはずの人間たち」とやらに何度も出会うのだが、人間は相変わらず嫉妬深いし欲張りだし見栄っ張りだし嘘はつくしでこれっぽっちも改心しない。「あっ、そういえば人間には原罪があるんだった。人間に期待したらダメなんだ」とプッチ神父が神学の原点に立ち返ったところでもう遅い。彼は「天国」という名の「真実」に辿り着けぬまま、ぐるぐると宇宙を回り続けるのだった。

「第6部、完ッ!」

今までの徐倫たちの戦いは何だったんだ、と登場人物が全員ずっこける展開になること間違いなしだ。

 

ただし、プッチ神父がジョルノに自分の思いを語るシーンを空想するのは結構楽しい。それこそドストエフスキーの『カラマーゾフの兄弟』の大審問官を下敷きにすれば、かなり重厚な場面が作れるのではないだろうか。

様々な運命のいたずらが災いして、プッチ神父の双子の弟はKKKに凄惨なリンチを加えられた。妹は自殺。運命とはいったい何なのか?と、絶望したプッチ神父が悪魔のDIOに救済を求めるという設定は、実にうまくできていると思う。いくら祈りを捧げても神は自分を助けてくれなかったのだ。自分にとって必要なのは、天上のパンではなく地上のパンだ。たった今、ここでの救いが必要なのだ。

そんな思いを、プッチ神父はジョルノになら夢中になって語りかけるかもしれない。ジョルノの面差しのなかにDIOの姿を見つけて気持ちが高ぶるだろうし、刑務所の教戒師として凶悪犯の相手ばかりしていた神父は知的な話にも飢えているだろう。ジョルノは無言でプッチ神父の話を聞いている。肯定も否定もせず一言も発しないジョルノの姿に、プッチ神父は不安と焦りを感じ、ますます雄弁になっていく。

最後におもむろに立ち上がったジョルノがプッチ神父にキスをしてやれば、それこそ『カラマーゾフの兄弟』そのものだ。翻意を促すキスなのか、自分の思いに対する承認のキスなのか。わけが分からずとまどったり有頂天になったりするプッチ神父、なんていうものも見てみたい。

 

カラマーゾフの兄弟』が大好きな私は、この小説を鋳型として『ジョジョ』ですらも見てしまいがちだ。ジョースターの血統はカラマーゾフ的だ。要するに生きる力が旺盛なのだ。食欲も性欲も好奇心も旺盛で、世界の悲惨さをも呑み込んで生き抜く力に代えてしまうエネルギーがある。『ジョジョ』のテーマの「人間賛歌」はジョースターそのものだ。

一方、DIOの血統はスメルジャコフ的だ。禁欲的で死の匂いがする。DIOの意志を受け継いだプッチ神父も、禁欲的だからこそ親友としてDIOに認められた。「彼は欲望をコントロールできる人間でなくてはならない。権力欲や名誉欲、禁欲・色欲のない人間で、彼は人の法よりも神の法を尊ぶ人間でなくてはならない」(第7巻)というのは、何から何までジョースターと対照的なのだ。

ジョースターvsDIOの戦いは、カラマーゾフとスメルジャコフの対比を見ているようでとても興味深い。

 

ジョルノはDIOの写真を持ち歩いているくらいだから、自分がどこから来たのかとても興味があっただろう。しかしジョースターの血が誰よりも濃いジョルノは、承太郎や徐倫よりもさらにカラマーゾフ的なものを持っているに違いない。ましてやパッショーネのボスとして組織を統率してきたジョルノだ。プッチ神父の「天国」の話に「甘さ」を感じ取るかもしれない。現実はもっと図太いはずだ。

「99匹の羊を山において、1匹の迷える子羊を探しに行くべきなのだ」とプッチ神父に説教されても、「その1匹の子羊は、誰からも探されたくないかもしれませんけどね」とか、ジョルノならしれっと言いそうだ。そう、プッチ神父の「天国」は多くの人々にとって余計なお世話なのだ。

「運命」がどうたらこうたらとプッチ神父が言い始めたら、ジョルノは『カラマーゾフの兄弟』の長男ドミートリー(ミーチャ)のことばをぶつけてやればいい。

「あなたは運命の力にガツンとやられなければ駄目なんだ!」

 

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今さらながらJ1リーグ最終戦について。/『カラマーゾフの兄弟』熱、再燃!

◎2019年12月15日(日)晴れ。

J1リーグ終戦から1週間たった。FC東京横浜Fマリノスに完敗。あれだけ完膚なきまでにやられたら、あきらめがつくというものだ。今季MVPの仲川は得点のにおいがするだけでなく、守備でも素晴らしかった。それにしても、目の前で優勝を決められるのは本当にくやしい。

しかし、東京が最終節まで優勝の可能性を残したのはクラブ史上初めてだ。毎試合、選手の必死さが伝わってきたのも初めてのような気がする。今シーズンはいいものを見せてもらった。来年こそはリーグ優勝、そしてACLも取ろう。

そして、昨日はJ1参入プレーオフ決勝の日だった。湘南ベルマーレvs徳島ヴォルティスは1-1のドロー。湘南のJ1残留が決まった。

でもこれってどうなんだろう。明らかにJ2にとっては厳しいレギュレーションなので、せめて延長PK戦までやればいいのに。かつてはJ1の16位とJ2の3位がホーム&アウェイで入れ替え戦を行った。これが一番公平なような気がする。

 

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12月のNHK「100分de名著」は、ドストエフスキー著『カラマーゾフの兄弟』だ。

この小説は好きで好きで、私は何度も読んだ。その後『チボー家の人々』『赤と黒』などのフランス文学に惹かれてしばらく離れていたが、NHKの番組をきっかけにまたカラマーゾフ熱が再燃しそうだ。アリョーシャが大好きだ!放送が待ちきれないので、「100分de名著」のテキストを買ってあっという間に読んでしまった。

近代文学史上、偉大な作家はたくさんいる。でも『カラマーゾフの兄弟』は有名な「大審問官」の章をはじめ、現代に通じる問題提起を行っているという意味で圧倒的だと思う。亀山先生の翻訳も読みやすい。

以前、江戸川乱歩賞を受賞した高野史緒著『カラマーゾフの妹』を読んだ。『カラマーゾフの兄弟』の続編を夢想した小説だということで、大喜びで手に取った。内容は少し納得できないところもあったけど、あまり書くとネタバレになるのでここでは触れない。

その本に載っていた江戸川乱歩賞審査員の東野圭吾の講評にびっくりした。なんと東野圭吾は『カラマーゾフの兄弟』を読んだことがないのだという。一般人ならともかく、職業作家で読んでいないのはいかがなものか。それとも読みたくない理由があるのだろうか。よくわからない。

東野先生、ぜひ読んでください。絶対に後悔はしませんから。

 

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前半のチャンスで決めきれなかった東京。/FC東京vs浦和レッズ

◎2019年11月30日(土)晴れ。寒い。

J1リーグ優勝争いは東京と横浜の一騎打ちとなりつつある。ホーム最終戦を何とか勝ち切って、次節のリーグ最終戦で横浜との直接対決に持ち込みたい。

ところが、ホーム最終戦は東京が超苦手としている浦和だ。東京は2004年以降、味スタで浦和に勝てていない。しかし相性の悪い相手だからこそ、勝てればぐっと優勝が近づいてくるはずだ。

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FC東京:先発メンバー>

GK 林

DF 室屋 渡辺 森重 小川

MF 三田 髙萩 橋本 東

FW ディエゴ オリベイラ 永井

交代 42分 ディエゴ オリベイラ→田川

   57分 永井→ナ サンホ

   77分 三田→ユ インス

<試合結果>

FC東京1-1浦和レッズ(得点:FC東京 69分田川/浦和レッズ 39分マルティノス

<観戦メモ>

東京の選手たちは気合が入っていた。前半早々、前から相手に激しくプレスをかけビルドアップをさせずにボールを奪い取る。

前半は何度も何度もチャンスがあった。しかし西川の好セーブもあって決めきれない。これが入るか入らないかでゲームの流れはずいぶん違ったはずだ。そうこうしているうちに、東京にアクシデントが起こる。FWディエゴ オリベイラが前半30分過ぎに負傷してしまい、ここから流れが変わってしまう。東京は繋ぎのミスから失点してしまうのだ。ディエゴは一度ピッチに帰ってきたものの、やはりプレーが続けられず田川と交代。しかも、後半57分にFW永井までが負傷交代してしまう。この2トップなしで、いったいどうやって点を取ればいいのか?

しかし、落胆はしなかった。選手たちの何が何でも勝ちたいという気迫あふれるプレーには、見ているこちらが励まされた。FC東京はこれまで一度だって優勝争いに絡んだことはない。それだけに、優勝が懸かった試合にはこれだけ魂のこもったプレーができるのかと感激した。

そして後半69分。左コーナーキックから、森重がシュートを打つ。球はDFに跳ね返されるが、それにナ サンホが反応。ゴール前で西川がセーブするが、最後は田川が押し込み1-1。追いついた瞬間、東京サポーターは喜びのあまりいっせいに立ち上がった。田川は東京に移籍して以来、J1初ゴールだ。待ってたぞー!!

東京の攻撃は息を吹き返したように見えたが、無情にも時間が過ぎて行き、このまま試合は終了。横浜は川崎に完勝したとのことで、東京は次節横浜に4点差で勝たなければ優勝できないことになった。この条件は限りなく厳しい。

しかし、最後のセレモニーで東が「まだあきらめてません!」と叫んだ時には、スタジアムは大いにもりあがった。そうだ、不可能の中の可能性を追求してやろうじゃないか。次節は勝って、せめて勝ち点で並びたい。得失点差で2位になるかもしれないが、勝ち点では横浜に負けたくない。

日産スタジアムのチケットはあっという間に完売してしまい、最後の試合を生観戦することはかなわなくなった。だからDAZNで応援する。

最後の最後に、最高の試合を見せてくれ、東京。

ギリギリで拾った勝ち点1。まだサッカーの神様に見放されてはいないぞ!/FC東京vs湘南ベルマーレ@味の素スタジアム

◎2019年11月23日(土)雨。寒い。

1999年11月21日。FC東京がJ2からJ1に昇格した日だ。J1に昇格できるのは2位、J2最終節で東京は3位で、2位の大分トリニータに勝ち点差1だった。

あの日は新潟で試合を生観戦していた。この試合でFC東京アルビレックス新潟に勝ち、最低限の結果は残した。あとは他力本願で天に祈るしかない。私たち東京サポはドキドキしながらスタジアムで大分vs山形の試合結果を待った。大分が引き分けもしくは負けなら昇格できる。この時はスマホなんてなかったから、容易に他会場の試合結果なんてわからなかった。じーっと観客席で待っていると、東京の選手たちがもろ手をあげてピッチに走り出てくるじゃないか。大分が山形に引き分けたのだ。まさかの土壇場の逆転劇だった。私たち東京サポは喜びのあまり選手たちのいるピッチに駆け寄った。あの時の喜びは忘れられない。(その後、土足でピッチに入ってしまったことで新潟側から苦情が出たそうだ。当然です。とても恥ずかしい。深く反省しています。)

あれから20年。首位攻防戦はひりひりするが、あの時の緊張感よりはマシだ・・・と思うようにしている。

アウェイ8連戦を終え、東京は味スタに帰ってきた。残り3試合。負けたら優勝争いから脱落する。絶対に負けられない。

飛田給の駅員さんもみんな東京ユニ。駅全体で盛り上げてくれていた。

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 <FC東京:先発メンバー>

GK 林

DF 室屋 岡崎 森重 小川

MF 大森 髙萩 橋本 東

FW ディエゴ オリベイラ 永井

交代 61分 大森→三田

   68分 永井→田川

   79分 東→ユ インス

<試合結果>

FC東京1-1湘南ベルマーレ(得点:FC東京 90+4分森重/湘南ベルマーレ 36分松田)

<観戦メモ>

湘南は素晴らしかった。残留争い真っただ中にいるとは思えない戦いぶりだった。湘南のプレスが激しいため、東京はミスが続いてしまう。相手の動き出しがいいため、セカンドボールが拾えない。パスコースも限定するように走ってくるので永井やディエゴにボールが渡らない。イライラするような展開の中、前半36分、橋本のパスがインターセプトされ、そのままきれいに崩されてしまう。

「今日は選手たちの動きが固かった。久しぶりのホーム味スタで、やってやるぞ、という気持ちが若干空回りしてしまった感が否めない」という長谷川監督のことばがすべてを物語っている試合だった。

後半、田川やユ インスのスピード系選手を入れて湘南の最終ラインを押し下げようとしたが、湘南はちっとも下がらないし足も止まらない。東京の焦りはどんどん濃くなっていく。おそらく湘南も「勝った」と確信したことだろう。

それだけに、後半ロスタイムの森重のゴールはまさかのゴールだった。勝利を確信していた湘南の選手がピッチに倒れこむ。東京サポの私たちも信じられない思いだった。まだサッカーの神様からは見放されていないぞ!

マリノスが勝ったために、首位はマリノスに。勝ち点差1で2位が東京になった。

残り2試合。次節のホーム最終戦は、東京が大の苦手とする浦和レッズだ。しかし苦手とかなんとか言ってはいられない。浦和に勝てなければ優勝することはできない。次節は今日以上の緊張感に包まれた試合になるだろう。

勝つしかない。何がなんでも優勝したいんだ!

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「矛盾にじっと耐える力」/荒木飛呂彦著『ジョジョの奇妙な冒険ー第5部 黄金の風』

◎2019年11月14日(木)晴れ。

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荒木飛呂彦著『ジョジョの奇妙な冒険ーPARTE5 黄金の風』(集英社文庫/全10巻)

 

Kindle Oasisの使い心地が快適だ。軽い、早い、防水加工がなされているので風呂でも読める。

Kindleでは以前から読みたかった『ジョジョの奇妙な冒険黄金の風』(全10巻)をまとめ買いした。「黄金の風」は『ジョジョの奇妙な冒険』シリーズの第5部だ。第4部「ダイヤモンドは砕けない」が大好きな私は、第5部の「イタリアのギャングの話」にどうしても入って行けず、そのうち『ジョジョ』シリーズから遠ざかってしまった。

ところが先日、CSで『ジョジョ』シリーズのアニメ(再放送)をたまたま見た。アニメのクオリティーが高かったこともあるが、あまり期待していなかった第5部が面白くてぐいぐい引き込まれていった。同時に原作が気になった。今まで「読まず嫌い」で遠ざけていたが、これはもう読まずにはいられない。

第5部「黄金の風」の登場人物たちは、主人公のジョルノ・ジョバァーナをはじめとして「失うものが何もない」という過酷な状況の中で生きている。家族に虐待されて帰る場所がなかったり、正当防衛で殺人をしてしまったり、友人の裏切りで刑務所に入れられたり、まっとうな社会からはじき出され、闇の世界でしか生きることができなくなってしまった登場人物ばかりだ。そこが今までの『ジョジョ』作品とは圧倒的に違う。

第1巻の荒木先生による「あとがき」は衝撃的だった。

人間は生まれる環境によって最初から幸せな人もいるし、もし最悪な状況の場所に生まれて来たらそういう人は、いったいどうすればいいのだろう?

第5部「黄金の風」の登場人物たちはみな、理由があって社会から外にはじき出され、そこでしか生きていけない状況におかれてしまっています。しかし、そこは完全に弱肉強食の世界で、「悪」によって包囲されていたとしたら、彼らはその場所で「正義」を貫けるのだろうか?(第1巻P311)

 本物の「悪」は実在する。本物の「悪」にリアリティーをもたせるためには、かなりグロテスクなものも描かなければならない。荒木先生は「悪」のリアリティーを表現に果敢に挑戦した。

ところがここに「週刊少年ジャンプ」編集部の「待った」がかかる。「そのページ直せ」「あそこのセリフを変更しろ」「絵を修正しろ」といった注文がものすごく多くなったというのだ。いわゆる「自主規制」によるブレーキなのだが、その圧力が半端なかったらしい。

しかもなぜダメなのかだのの説明があまりなく、中には納得いく理由がハッキリしていないのに、「とにかく規則みたいなものだから、〆切も近いし、そういう最近の出版状況なの、さっさと直してよ、後は自分で考えてね」的な態度で指導があるのだ。(P312)

そして、荒木先生は「黄金の風」のテーマ性を表現するのに大きな危機を感じ、漫画としての芸術的な発展がもうないのではないだろうかと思い悩んだという。

もちろん当時の「週刊少年ジャンプ」編集部にも言い分はあるだろうから一方的な判断はできないが、荒木先生のすごいところは、その「週刊少年ジャンプ」で「黄金の風」を完結させてしまったところだ。納得いかない思いを抱えながらも、じっと耐えて表現し続ける。これはかなりの胆力が必要だ。

そして、個人的なツイッターで不満をぶちまけるような恥ずかしい真似はせず、集英社文庫から出した『ジョジョの奇妙な冒険黄金の風』のあとがきで正々堂々と語っているところがかっこいい。

こういった姿勢には私も実に勇気づけられた。納得いかないことなんかこの世にはたくさんあるし、自分の価値観とは相いれない行動や発言をする人もたくさんいる。そんなときは「矛盾にじっと耐える力」が必要になってくる。地味で目立たない力だけど、こうした力のある人には心から敬意を表する。

先にも言った通り、「黄金の風」には、さまざまな事情から闇の世界でしか生きていけない人間ばかりが登場する。彼らも矛盾に耐えながら生きていく。しかしそんな彼らに光が当たっている。読後感はものすごくさわやかだ。第5部は重厚感のある素晴らしい作品だった。

 

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